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現代の眼 展覧会レビュー 鑑賞者と作品をつなぐもの—「ハイライト」の新しい試みを考察する

﨑田明香 (福岡市美術館 教育普及係 学芸員)

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東京国立近代美術館はミッションとして「歴史を編み直す」「対話を生み出す」「創造を支える」「多様性を尊重する」「美術館の基準を示す」という5つの柱を掲げている1。なかでも「美術館の基準を示す」は、国立館特有の標榜と言えるだろう。これらのミッションを念頭におきながら、所蔵作品展「MOMATコレクション」に初めて教育普及担当者が企画段階から関わったという「ハイライト」の新しい試みを考察していきたい。

図1 会場風景|加山又造《千羽鶴》1970年、東京国立近代美術館蔵

本展では、作品それぞれに短い問いかけ文が設置されている。企画担当者が「問いかけは作品と鑑賞者をつなぐ役割を担って」いると述べているように2、展示室に入った鑑賞者が、自然と作品に意識を向けるような内容だ。いくつか、具体的な例を挙げてみよう。会場に入って最初に置かれた加山又造《千羽鶴》には「鶴を追いかける」という一文が示されていた。その手前には作品中の鶴を抜き出したような、木製の鶴のモチーフが置かれ、「鶴を手にとって、動かしてみませんか」という問いかけが添えられている。実際に鶴を手にとって動かしてみると、作品から抜け出した鶴が自分の手のひらにいるようで、なんだか微笑ましい。鶴を動かすという小さな(しかし静かな展示室では大きな)身体の動きは、人の感情の動きに作用し、鑑賞者の心理をさまざまに揺さぶる。筆者も、自然と手の中の鶴を作品の中に探しながら作品を見ていた。これは企画者の意図通り、作品と鑑賞者をつなぐ問いかけの好例であるといえよう。

図2 会場風景|アド・ラインハート《抽象絵画》1958年、東京国立近代美術館蔵|撮影:黑田菜月

また、アド・ラインハート《抽象絵画》に付された問いかけ文にも注目したい。同作は黒一色の画面に見えるが、「何かみえてきますか」「本当に・・・何も描かれていませんか」(傍点筆者)という問いが示されていた。「本当に」という、ある意味で鑑賞者を試すような言葉が、見ている人の足を止め、じっくりと作品に目を向けるように誘導する。作品をよく観察することから鑑賞が始まるという教育普及的な視点が、この「本当に」という一語に端的に示されていると言えるだろう。 

他にも、作品の前に置かれた足跡のマークによって近くや遠くへ視点を変えるよう誘導したり、床に貼られた猫の足跡や、壁にある猫のシルエットによって、下から作品を見上げることを提案したりと、作品の多様な見方を促すさまざまな仕掛けが用意されていた。 

図3 会場風景|原田直次郎《騎龍観音》1890年、東京国立近代美術館寄託(護国寺蔵)|撮影:黑田菜月

さて、展示室を一周し、筆者はふと「これはだれに向けての展示なのだろう」と立ち止まった。さまざまな問いかけ文は、親子連れに適した内容や、美術館に馴染みがない来館者を意識したものに感じられたが、他方、その問いかけに沿って鑑賞し、さらに作品について知りたいと目を向けた解説文は専門的で高尚な内容であり、そのギャップに少し戸惑ったからだ。

筆者は、展示室の解説文は鑑賞者と美術館をつなぐ重要なツールであると考えている。解説文は、常に作品の横にあり、鑑賞者がほぼ必ず目にするという点で、ホームページや図録など、別にアクセスが必要な情報とは役割が異なる3。その上で、全ての鑑賞者が目に留め、読むことを意識しているか、解説文の内容と伝え方に着目して読み解くと、そこに美術館の態度が見てとれることが多い。本展では、専門的な解説文が設置されていたが、例えば、問いかけ文と呼応した内容と文体の作品情報を設置してもよかったかもしれない。

「だれに向けた展示か」に話を戻すと、同館のミッションは「あらゆる人々が美術に触れ」る場を生み出すことであり、本展も同様の考えのもとに行われているという4。しかし、誤解を恐れずに言えば「あらゆる人々=だれもが」は、油断すると「だれでもない」無色透明なヒトになる危険性を孕んでいる。「あらゆる人々」とは具体的にだれなのか。多様な利用者に向けた活動を担う上で、どんな専門であっても、学芸員は常にその問いを考え続ける必要があるだろう。

本展のように、教育普及ならではの視点で企画された所蔵品展は全国でも珍しくはない5。しかし元来、作品を展示するという行為の先には、それを見る「鑑賞者」がいるものであり、本来的には展覧会そのものが教育的な要素を含むとも考えられよう。よって、本展のように教育普及担当者が関わる展覧会が継続されることはもちろん、「教育的」と謳わなくとも、さまざま来館者を具体的に意識した展覧会を企画し、その実績を積み上げていく意味は大きい。その結果として「美術館の基準を示す」というミッションも果たされるのではないだろうか。今後の展覧会にも注目していきたい。

1 「私たちのミッション」東京国立近代美術館ホームページ

2 佐原しおり、藤田百合「鑑賞のきっかけをつくる—所蔵作品展の新しい試み—」『現代の眼』638号、2024年3月、46頁(2024年2月Web掲載)

3 﨑田明香「キャプションは利用者と作品をつなぐ:美術館リニューアルオープンにおける新しいキャプション製作の事例」『福岡市美術館研究紀要 第8号』福岡市美術館、2020年、37–38頁

4 前掲註1参照

5 筆者の所属する福岡市美術館では1990年より小学生と中学生を対象に「夏休みこども美術館」を開催。毎年、教育普及担当者が企画しテーマに沿って所蔵作品を紹介している。


『現代の眼』639号

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