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現代の眼 展覧会レビュー MOMATコレクション ドローイング——思考と身体の拡張装置

関直子 (早稲田大学文学学術院教授)

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線を核とするドローイングが、シュルレアリスムのオートマティスムや戦後の抽象表現主義を経て、現代美術において重要な意味を持つようになって久しい。とりわけ、1970年前後のコンセプチュアル・アートにおいて、ドローイングは写真と共にこの動向を牽引する役割を担ったと言っても過言ではない1。その後ドローイングは絵画や動画2、あるいは身体を介した空間との関係を模索するなど3、その意味するものはさらなる広がりを見せている。  
この秋、所蔵品ギャラリー2階の、11室と12室にわたって特集された2つのテーマ展示、「Lines and Grid」[図1] と「ドローイングの生命」は、この1970年前後の動向を軸に捉えることもできるだろう。即ち、線とグリッドの方は、1970年代のコンセプチュアルな動向の中にあったドローイングを紹介するものであるのに対し、後者は、1970年代を挟む、その前と後のドローイングの展開を通して、現代美術の状況を逆照射するものとなっていた。

図1 会場風景(11室「Lines and Grid」)|撮影:大谷一郎

11室は、窓に面した部屋に2020年に設置されたソル・ルウィットのウォール・ドローイングが企画の出発点としてあり、ルウィットと同時代にニューヨークで活動したアーティストによる線とグリッドが内在した作品等で構成されている。90cm四方のグリッドの内部に線と円弧のヴァリエーションが展開するルウィットのこのウォール・ドローイングは1970年代初頭に始まる作品群の系譜に連なる。作品には、作者が構想を紙にインクで描いたドローイングがあり、この指示書をもとに、実際に壁に描いて実現するのはドラフトマンであった。作品における、構想と実現を分け、実現するのは作者でも他者でも良いという考え方は、例えばフルクサスのイヴェント作品におけるインストラクションや、音楽における楽譜と演奏者の関係と同様に、作品制作に関わる主体と実現の複数性を提案するものだった。

図2 宮本和子《赤と黒の縦と斜めの線》1973年、東京国立近代美術館蔵

この展示室で紹介されている宮本和子は1970年代にドラフトウーマンとしてルウィットの作品制作にも関わったが、自らは、糸と釘による、ドローイング・インスタレーションとも言える作品を発表している。本展出品作の、方眼紙に直線と斜めの線を引いた平面上のドローイング[図2]は、壁面と床を繋ぐ三次元の空間に展開する糸によるドローイングと共鳴するものである。異なる次元を跨いで活動する宮本にとってのドローイングは、それまでの作品のジャンルや制作の主体のあり方を周縁から揺るがし、問いかけるものだったことがわかる。

図3 瑛九《デッサン》1958年、東京国立近代美術館蔵

1970年代を挟む前後の時期のドローイングを紹介する、ギャラリーの最終室では、主に日本での動向に目を向けている。1930年代に、レンズを介さぬ型紙を用いたフォトグラムを、「フォト・デッサン」と名付けた瑛九は、戦後1957年にその制作プロセスを援用して、板に型紙を置きエアブラシで壁画を制作、その後油絵に専心する過程でドローイングを手がけている[図3]。光によるフォルムの定着をもデッサンと捉えた瑛九は、作者の手を介在させないドローイングのあり方を先導しつつ、一方でインクによる反復と微細な揺らぎを繋いでいく線の軌跡を定着しようと試みていた。瑛九の制作活動は、ドローイングを手掛かりとすることで、その複眼的な関心のありかの一貫性が見えてくる。

図4 会場風景(12室「ドローイングの生命」)|撮影:大谷一郎|壁面右から2点目が吉澤美香《無題》1987年、東京国立近代美術館蔵

作品制作や制度を批評的に主題化するコンセプチュアルな動向が続いたのちに始まった絵画空間と形象の関係の模索は、伸びやかな線を中心とする大画面でのボディ・スケープとも言える吉澤美香等の表現へと向かう[図4]。さらに近年は、小型の紙に連鎖するイメージを描き留める坂上チユキや、変容していく樹木を主題とするイケムラレイコ、また、言葉とイメージが併存する表現を、対象と接近した関係をきり結ぶドローイングに特有の表現として捉えることへの関心も高まっている。
ドローイングは、作者の無意識や他者、さらには人工的な身体や知能などの介在という、開かれた作品のあり方を召喚すると共に、掌にのる画帳をはじめ、依然として日常的な発見や個人の意識の揺らぎを痕跡として記すことを可能とするものでもある。近年、美術館で様々なアプローチでドローイングの展示が試みられているのは、主体と表現が拡張する現代美術の制作状況を相対化するものだからであろう。このような、美術館の展示の見方を静かに提示する企画を今後も期待したい。

1 この時期のドローイングの動向に着目した展覧会として、Drawing Now: 1955–1975, The Museum of Modern Art, New York, 1976がある。
2 I Still Believe in Miracles. Dessins sans papier, Musée d’Art Moderne de la Ville de Paris, 2005は、2000年代初頭に、紙という支持体を持たないドローイングのあり方として動画とウォール・ドローイングに着目した展覧会。
3 On Line: Drawing Through the Twentieth Century, The Museum of Modern Art, New York, 2010–2011では、空間の中で展開するものと身体行為の軌跡としての線的な表現に着目している。


『現代の眼』639号

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