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現代の眼 アートライブラリ 連載企画「カタログトーク#1|〈座談会〉「民藝の100年」展」

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展覧会に伴って発行される展覧会カタログ。豊富な図版や解説、最新の研究成果を踏まえた論文、文献一覧、年譜、意匠を凝らしたデザインなどなど、単なる展覧会の記録にとどまらない貴重な資料です。このコーナーでは展覧会カタログの制作に関わった方々にこだわりのポイントや制作秘話を伺いながら、その魅力を掘り下げていきます。

出席者:
黒川典是(編集)
木村稔将(デザイナー)
花井久穂(東京国立近代美術館主任研究員)
鈴木勝雄(同企画課長)
聞き手・構成:
長名大地(東京国立近代美術館研究員)


2021年12月3日(金)
東京国立近代美術館会議室

展覧会カタログのコンセプト

長名:本日はお忙しいなか、お集まりいただきありがとうございます。『現代の眼』の連載企画「カタログトーク」の第1回目としまして、「民藝の100年」展のカタログについて、関係者の方々に制作秘話や、こだわりのポイントなどをお聞きできればと思っております。まず、制作にあたってどういうコンセプトやアイディアがあったのか、これまでの民藝関係の展覧会との違いや意識された点などお話いただけますか。

花井これまでの民藝関係の展覧会は、日本民藝館式に解説は最小限に、モノの「美しさ」を中心とした展示か、あるいは柳宗悦の言葉をアフォリズムのように添えて見せるか、のいずれかのタイプが多かったように思います。章立ても時系列ではなく、「イギリス」「朝鮮」「木喰」といった地域別・ジャンル別の章に「民藝の巨匠たち」が加わる、といったかたちがほとんどでした。今回、東京国立近代美術館の民藝展は、「近代」の時間軸と歴史背景のなかに民藝運動を置き直してみる、というコンセプトです。当館も開館当初はキャプション解説の少ない「MoMA」方式でしたが、開館から70年近く経ち、特にこの10年ほどでコレクション展示のあり方が変わり、美術と社会という歴史軸を持った展示になりましたが、近代芸術運動としての「民藝」はこぼれ落ちてしまっている。今回、日本民藝館所蔵のものが多いのは、「日本民藝館の名品展を近美でやる」のではなく、柳たちその時代ごとに見ていたものや状況を歴史的に復元するためで、確実にこの時期に蒐集された、というバックデータが必要だからです。日本民藝館のみなさんと約2年対話を続けて、データを精査したものが今回出品されているものです。柳たちの出版物はその手がかりとなりますが、実際、民藝運動は膨大な言葉と出版物による運動でもあり、出版物自体が彼らの創作物でもある。なので、この展覧会では出版物などの「資料」も作品と同様に、画像付きで扱っています。そもそも「日本民藝館」の建物自体が民藝運動最大の創作物といえるものですが、それをまるごと近代美術館には持ってこられない。逆にホワイトキューブという時間軸を設定しやすい仮設空間を活かして、彼らの集めたもの・書いたもの・作ったものを一つ一つ分析し、モリモリと解説を付けることにしました。民藝研究は社会学や歴史学や哲学など様々な分野で蓄積がありますが、実際にモノと言説を編み込んだ「美術展」の形式では未だ達成されていなかった。一度、民藝運動における「モノ」と彼らの「言葉」を状況から切り離さず、歴史的な文脈のなかに編み込んだ展覧会を作りたかった。時系列という構成は一方向に進んでいく本の形式と相性が良く、今回は展示とカタログを作る作業で、割と近い部分が多かったです。

鈴木たしかにカタログは展示空間と密接にリンクするものとして編集しましたが、展示では提示できない、民藝から広がっている様々な問題を、さらに横断的に見えるように配慮しました。展示空間では、全部で36のトピックスを、トピック単位で構成しています。では、空間に配置するのと同じことが紙面でできるかというと、そうならない。紙面は見開き単位で、要素間の関係性を展示空間とはまた違うかたちでより厳密に編んでいかなければならない。1トピックに入ってくるコンテンツは同じなんだけれども、また別な編み方をカタログでは試みています。組み合わせによって見える面が変わってくることも意識しながら、花井さんと黒川さんと木村さんが中心になってレイアウトを組んでくれました。

長名並行しながらも別な表現をしなければならない。

鈴木形式上そうせざるを得ないんですね。左から右にページを繰っていくなかで、どういうリズムで紙面が展開していくかを意識しながら、レイアウトを考えてくれたと思っています。

花井:今回の民藝展は普段の展示数の4倍くらいあります。カタログは4倍濃縮。全部を順に読むとなると疲れてしまいます。最初に「イントロダクション」で、展覧会の見取り図を示しました。インデックスのようにトピックで選べるようにしたのは、民藝運動は一回出てきたモチーフやテーマ、あるいはキーとなる作品の要素が時代によって何回も繰り返し登場するためです。民藝運動は「直線的な発展」では捉え難く、その循環と螺旋状の構造を見取り図としてわかりやすく示しています。特定のテーマに興味がある人はそこだけツマミ読みできる。

花井久穂主任研究員

最初が肝心!

長名:この図録の特徴は見開きだと思うんです。俯瞰してみるっていう、ちょっと図鑑ぽいというか。この見開きの中で、テーマが設定されて、文章と図版がバランス良く配置されていますよね。だから本の作りも開きやすくなっていて、とても読みやすい。木村さん、黒川さん、制作の裏側について教えていただけないでしょうか。

木村:僕は今回デザインを進めていくなかで、ラフを作るためのラフの作成という作業をしています。花井さんが見開き単位で内容を簡潔にまとめるという方向で考えていたので、それを実現するために、実際にこの見開きにはこんだけ写真が入るんですよっていうのを事前に見せないと、たぶん花井さんも整理できないと思ったので。そこは僕のなかで一番特異な制作プロセスでした。

花井:作品と資料が混在していて、素材や形や機能が異なるものが、文脈の力だけでつながっているので、未加工のままだと一見、雑多なものの寄せ集めに見えてしまう。見開きの中での大きさと配置の調整は重要で、木村さんと何回も校を重ねるうちに、ようやく一目で意味が伝わるように。

黒川:テキストに関していえば、いくつかヒエラルキーがあって、扉の章を別にすると、セクション解説があって、作品解説の付け方も2種類、特定の作品・資料に付く解説と、複数のものにかかる解説があって、木村さんが配置を工夫してくれました。

花井:最初はもっと解説を少なく(紙面が限界)、ということだったのですが、書き進めるうちに穴が見えてくる。これは説明がないと意味不明だね、と書いていくと結果、文字量が大変なことに。

黒川:増えるのはいいんですが、先割りの段階で多めに言っておいて欲しかった(苦笑)。

鈴木:この判型はすでに決まっていたから、そのなかでテキストの分量を割り出したんですよね。当初、セクション解説は結構複雑な内容でも400字にまとめることを決め、作品解説の長いものは200字、短いものは100とか150字で計算していったんです。なるべくそれに近づけたけど、解説に関してはどうしても200字だと説明し切れないものが出てきて、長短混在したのをレイアウトで調整してくださった。

黒川:普段木村さんと図録を作るときは、僕が作った仮の台割りを形にしてラフになるんですけど、それが前段階になって、ラフのラフというワンクッションがあった。

木村:この初期の段階の作り込みにきちんと時間をかけてやったので、簡潔にまとまったんだと思います。

花井主任研究員によるラフ

図版に注目!

長名:とてつもない数の図版が載っていますよね。モノだけでなく、資料もたくさんあります。なのに、ごちゃごちゃしていなくて、すごく見やすいし、関係性もわかりやすいですよね。

花井:民藝は「編集」する運動体なので。モノとモノの影響関係や、資料とモノの対応が紙面でわかるようにしないといけない。資料は写真を載せず文字だけ抜粋して掲載という手法があるのですが、ほとんど図版で見せています。作品を資料のように、資料を作品のように扱う展覧会でもあるので。資料そのものの手触りが伝わる画像を意識しています。なかにはあえてトリミングをせず端まで残しているものもあります。

長名:本のノドの部分が残るように?

黒川:ペラものと冊子ものの違いがわかるように、冊子ものはあえてノドの部分を少し残しました。

花井最初私もこれトリミングミスかなと思ったら、木村さんに「わざとです」と言われて(笑)。資料に書かれていることは、要約して解説に書くのですが、これは原文で読んで欲しいというものに関しては実際読めるくらいのサイズで載せています。例えば「下手ものゝ美」(展覧会カタログ43頁)は1ページ全部使っています。この「言葉の多さ」を見て欲しかった。そのほか、雑誌『工藝』には、柳たちがフォントや図版など、造本に対するこだわりを編集後記にも書いているので、その現物をお見せせねばと。

長名:単にテキストにしちゃうと、それが落ちてしまうということですね。

木村:図版についていうと、民藝館で撮影した写真というのは民藝館独特の背景、写真の撮り方があるので、これをどうするかという課題は最初の段階でありました。モノを切り抜いて、背景をなくして、フラットに見せるという方法もあるんですけど、民藝館の写真の撮り方も、特徴の一つかなと思って、切り抜きをしないレイアウトで進めていました。

花井:2021年現時点での日本民藝館の写真の撮り方を残しておくという意味もありました。柳たちが作品写真の撮り方にどれだけ意識していたかを取り上げたセクションもあります。今回、作品の新規撮影時、民藝館で長く撮影を担当されてきたカメラマンの杉野(孝典)さんに、当時の図版を見せて、「これと同じように撮ってください」とお願いしたのですが、やってみると普通のライティングでは撮れない。例えば、雲形の墨壺の特徴的な曲線を強調するように、2本のハイライトが入っている図版があるのですが、なかなかこんな風には撮れないそうです。柳がおそらくライティングに対して、細かく指示していたのでしょう。

レイアウトに注目!

鈴木:当初切り抜いて雑誌風にレイアウトするのもありかなと話していましたが、結果的に木村さんは切り抜きをせずにレイアウトをしてくれました。角版の枠自体を、見開きを構成する単位として活用したという感じを受けました。

木村そうですね。これだけ点数が多いとバランスを取るときの基準にしましたね。

鈴木全部切り抜きにしちゃうとばらばらな感じになってしまう。角版の枠をうまく利用して、統一感のあるレイアウトを組んでいただいたのかと思っています。

木村レイアウトでいうと、これだけ見開きによって文字数と掲載する画像点数が違うと、1個のフォーマットには収まらない。だから、今回2段組、3段組、5段組っていうフォーマットをレイヤーで重ねていって、それをテキスト類と図版の関係性によって使い分けながらレイアウトを進めました。フォーマット通りだと、余白のバランスが悪いページがあって、そこは自分の目で判断をしていきました。要は、フォーマットが絶対ではなくて、フォーマットから多少ずれてしまっても、自分の眼でバランスがいいというほうをとった。唯一守っていたことは、キャプションと解説の行送り。ベースラインは上から下まで常に同じ位置にして、キャプションも一応ベースラインに乗っているんですよね。だからページをめくってもこのかえしの位置がずれていても、この行送りのラインがカラーページは全ページ通して守られているはずです。

花井:秩序がちゃんと与えられている。これだけの量をすっと読めるように、本当に小さな調整をしてくださった。ぐっと見やすくなる瞬間というのがあって、そのときは興奮しました。

木村稔将さん

編集の仕事

鈴木:台割の原案を作ってくれたのは実は黒川さんなんです。作品リストの原型はすでにできていて、あとはエッセイの本数と年表、文献案内を入れることが決まっていたんですけど、それを規定のページ数のなかにどう収めるかを考えてくれたのが黒川さん。最初作業したときはどうでした? ページ数が足りないと思いましたか?

黒川いや、だいたいこんな感じかなと。強いて言えば、参考図版などがあとから増えていった。

鈴木:僕らのほうもテキストを増やしていきましたが、逆に黒川さんのほうから、レイアウト組んだ上で、ここにテキスト追加してくれと要求されましたよ。

花井面白かったのが、黒川さんから「ざくろ」の広告の画像を探してくださいと言われたときですね。最後の最後で、普通は「もう勘弁してください」と編集者から怒られる時期なのですが、逆に黒川さんから増やす提案。(208–9頁を開きながら)この「ざくろ」ですね、これ「十二段家」は左ページで、「ざくろ」は右ページ。「ざくろ」、図版ないから、足そうと。

木村:黒川さんはあると知ってたんですか?

黒川:「十二段家」があるなら「ざくろ」もあるだろうって。

花井:「ざくろ」の住所が「アメリカ大使館前」と書いてある画像を選びました。また資料性が上がってしまいました。

鈴木黒川さんはこれまで情報満載のカタログをたくさんお作りになっているわけですが、今回の民藝展の編集作業で心掛けていたことはありますか?

黒川今回の展覧会は柳中心史観ではないということと、美学的な方向に寄らないということが特徴としてあったので、結果的に器物と資料のヒエラルキーがなくなった。そういう意味では普段やっている仕事に近かったですね。原紙で見せるものは原紙で見せて、その場合は可読性を担保する。「民藝地図」(130–133頁)は上下に余白ができたから、記録写真ないですか?って、鈴木さん、花井さんに投げかけて。

鈴木最後の最後でもう一枚写真を提供してくれって(苦笑)。

花井キャプションに正式な展覧会名と会期等のデータを付けなくてはならないので調べたら、手がかりがなくて、それだけで数日かかった。

黒川:結果的には、今回の展覧会だと続けて横並びに展示されたものが、民藝館では2つに分割して見せていたことが伝えられたので、よかったかなと思います。

並びに注目!

長名 レイアウトがテキストと図版を追加させるのは面白いですね(笑)。

花井 そうですね。ただ、カタログはある程度、買いやすいお値段と、軽さ(重量)というのも必要とされます。今回、共催者であるNHKプロモーションさんと毎日新聞社さんから「広く色々な方に手に取ってもらいたい」という強いご希望もあり。書籍が売れない時代、コスト面をどうクリアするのかという問題がありました。ページ数に限りがあるので、すべての作品図版を載せない、という選択肢もありました。結果的に全点掲載、資料も図版にできましたが、高いハードルでした。見開きに図版を複数、レイアウトしなくてはならないのですが、元々私は工芸が専門だったので、サイズは結構大事で、作品の大小の関係が実際とあまりに違うと気持ちが悪いということがあり。その点については、木村さんが汲み取ってくれて、モノとモノの関係性のなかでサイズを調整してくれました。

木村 それでいうと、(77頁を開きながら)この三國荘の急須(3_66)と茶碗(3_65)のレイアウト。たしか急須は上から注ぐから上にしてくださいって花井さんがおっしゃって、すごく面白いと思ったのを思い出しました。

花井 はい。なんとなくモノの機能と一致するように置きたい。

長名 確かに自然の流れで見やすくなる。

黒川 注ぐものだからっていうところから上下の配置をあまり発想しない(笑)。

花井 でも私のなかで違和感があって、急須が上にあると落ち着く。

木村 印象的なことでした。

花井 道具には「次にどういう動作があるのか」ということが埋め込まれているんです、形に。そこは大事にしたいかなと。

黒川 サイズの調整というと、(199頁を指して)これ。実際のサイズを反映したいから、こっち(6_33)は大きく、こっち(6_32)は小さくって。

花井 わざわざ小さくしてもらいました。

木村 でも、厳密にサイズ比率を合わせたら小さすぎたって戻しましたよね(笑)。

花井 規模の大きな展覧会の場合、複数の出版社さんが雑誌の特集を組んでくださったり、そのほか、同じ分野で画集やムック本が出たり、出版活動が活性化しますよね。1ページに作品1点、というような豪華なビジュアルブックも出ますし、お客様が欲しい本のレンジは広いので、それらと競合しないよう今回の展覧会カタログはぎゅっと密に文字多め、一般書籍ではコストの問題でカットされてしまう資料編に紙幅をとる方針に舵を切りました。

人物相関図に注目!

長名:冒頭の「本展に登場する人物相関図」(展覧会カタログ10–11頁)は民藝と関わりのあった人的ネットワークが非常にわかりやすくまとめられていますが、すごく大変だったのでは?

木村:黒川さんが基本となる構成を作ってくれたので、カテゴリー分けなどの見え方の検討に十分時間かけることができました。

長名:わかりやすいですね。

鈴木:一色だけなのにわかりやすい。

黒川:僕が描いた図は色でカテゴリー分けをしていたので、あとは木村さんに「色は使えないから線の種類と網掛けでよろしく」って。

鈴木:我々は人の名前と解説をワードにベタ打ちした原稿を黒川さんに渡しただけ。そしたら翌日ぐらいには黒川さんから構成案が出てきたんですよ。おお、なるほどこう整理されるんだと思って。するとまもなく木村さんからほぼ完成形のデザインが出てきたので、なんなんだこの二人の情報整理能力はと仰天しました。

黒川:図に整理してみると見えてくるものがあって、沖縄に紙幅を割いているわりには登場人物が少ないんだなとか。

花井:実際はもっと膨大な相関図になるのですが、基本的に今回、展示物があるかどうかが基準でした。

鈴木:民藝コアメンバーはいくらでも付け足しできるんですけど、その外部にある人物ネットワークを示すのが今回の目論見でもありました。関係性が見えてくるように、二人が工夫してくれました。

木村:コンパクトにまとまっているほうが巻頭の導入としてはいいのではないかと思います。

長名:ちゃんとどういう人か説明も書いてあるじゃないですか。民藝には、これだけいろんな人が関わっていたっていうのが、これだけで俯瞰できるっていうのはすごいですよ。

花井:民藝運動は男性が多いっていうのは、確かにあるんですよね。

鈴木:財界、新聞人、官僚の貢献というのが見えてくる。

黒川:実は体制側の人たちのサポートなくしては、っていうところですね。

鈴木:そう、それが今回の展覧会のひとつのポイントでした。木村さんは試行錯誤の末にこのデザインに至ったのですか?

木村:まずは目で見て構成がわかるようにしたかったですね。特に地域としてのつながりや民藝との関わり方など。

鈴木:この図録では、章立て・セクションに沿って順番に説明するイントロダクションではなくて、章を超えたセクションのつながりが見えるように、36のセクションを10のトピックで再編集しました。様々な関係性のなかに成立した民藝運動の特質を表現できたらという思いで。

長名:ネットワークがいろいろなところに張り巡らされている。

黒川:ここは展示より図録というメディアの特性がいかせたところですね。

黒川典是さん

年表に注目!

長名:「俯瞰的視点をもつための「民藝の100年展年表」」(245–269頁)について、「民藝運動」「民俗学・民具・民家などの隣接領域」「美術・工芸・デザイン」「社会」という4つの領域を横断的に見る構成になっています。「民藝運動」の項目では、柳宗悦だけでなく、民藝グループに関わった人々の情報がまとめられていますし、見開き120ページという相当なボリュームになっています。こだわりのポイントを教えてください。

花井:年表に関しては柳中心のものが多く、それぞれ関わる人たちの合わさったものが意外になかったので、最後まで苦労しました。それぞれ民藝運動と民俗、民具、民家という隣接領域、美術工芸デザイン、社会の重要項目が、同じ年に同じ分量だけあったとは限らないし、年表にする限りある程度統一をかけないといけない。民藝運動にとって重要な年の年表上のジャンルごとの高低差をどう工夫するかが課題で、そこは本当に編集の力とデザインの力に助けられました。

鈴木:一度ラフな形でレイアウトを組んでみたんですよ。すると民藝運動の項目を記した左ページとそれ以外の項目を掲載する右ページとでタイムラインの進みがずれてしまった。これを合わせるのに随分苦労しましたね。項目を追加して、時間軸が揃うように最後まで粘りました。

木村:それは鈴木さんがこだわっていたところでしたね。

黒川:「俯瞰だ」と。

花井:何年から始まり、何年まで入れるか。結局は浅川伯教の生まれた年から始めましたけど、最初は琉球処分の年からという案でした。

鈴木:それは黒川さんの提案だった。

黒川:どこから始めてどこで終えるかは年表を作るとき重要になってくる。普通だったら柳の生まれた年から始めることになるのでしょうけど。

花井:最初は単なる「年表」でしたが、どういう年表かタイトルをつけよう、と、黒川さんが投げかけてくださって。じゃあ「俯瞰的視点をもつための民藝の100年“展”」年表にしようと。

鈴木:それは文献案内もそうですね。ちゃんとタイトルをつけました。文献一覧ではない。

文献案内に注目!

長名:「MOMATアートライブラリによる『民藝文献案内』」(228–244頁)は、アートライブラリのライブラリアンがチームとして展覧会カタログの制作に関わり、テーマに則して文献収集と解説執筆を担当するという、初めての試みでした。「民藝に関する基礎文献」と、民藝に関わる13のテーマから文献案内をしていますが、過去の民藝展でも前例がないことだったのでは?と思いますが、いかがでしょうか。

花井:これまで柳宗悦展や民藝展はたくさん開かれているので、すでに達成されていることは多いんです。今、文献リストを作るとすれば、おそらく図書のデータベースのほうが優れていて、「民藝」と入力すれば、かなり精度が高い文献リストが検索できますし、新しい文献が出ればすぐに更新されてしまいます。文献リストをわざわざ紙で残す必要がどれだけあるのかと。2021年の今現在において、民藝におけるテーマはどのようなものがあるのか、テーマ別に今ここまで研究が進んでいます、という言葉を付した文献案内になるといいなと。民藝の専門家といっても、様々な研究ジャンルがあり、ならば、俯瞰的な視点を持つには、ライブラリアンと一緒にレファレンスを作るのがいいだろうと。展覧会をご覧になったあと、興味を持ったテーマを深掘りし、自ら調べる助けになるものを作りたいと思いました。

花井:美術文献に特化したレファレンスというのは、やはり当館にアートライブラリがある強みですよね。ライブラリに専門スタッフがいることを知っていただく機会でもありました。展覧会にここまで入ってもらうことは、初めての試みでしたが、総力を挙げて協力してくださった。

鈴木:みなさん大宅壮一文庫や国会図書館に行って、資料収集をしてくださった。展示に盛り込めきれない、例えば、「戦後の民藝の変容」というトピックを、文献案内を通して示してくれた。展示と補完関係になっているんです。会場では、展示されたモノから受ける印象を手がかりに歴史のなかに分け入るわけですが、カタログでは、その際のガイドブックになるような情報を提供する。そういう関係を目指しました。

長名:最初鈴木さんから文献案内のテーマ設定をいただいてから、少しずつ精査していって、最初は該当する資料が集まるかどうかというところからの調査でした。なので、やってみないとわからないことがたくさんあったんです。テーマがあっても本当にその資料がちゃんと位置付けられるか調べるのに、すごい時間がかかってしまったんですけれども。でも、ライブラリのスタッフが調べてみんなで持ち寄って一つのテーマにまとめていくという作業はやったことがなかったので、展覧会の新しい関わり方だったなと思います。

黒川:ライブラリとの連携はすごく面白いし、今回の特徴だと思うんですけど、ちょっとシニカルなことを言わせてもらえれば、ほかの美術館ではできない。長名さんのような中心になっているライブラリアンがいて、スタッフが多くないと。

長名:東近美ならではの取り組みですね。

花井:「MOMATアートライブラリによる」とタイトルをあえてつけています。

鈴木:今回の展覧会では、歴史的な文脈を展示の中で再構成するために資料をふんだんに活用していますが、こうした資料やそこに含まれる言説が「民藝」を形作っているということを文献案内が示している。主題ごとに、一次文献と二次文献を編集する形式は、これまでにないのではないか。

長名:民藝展は資料と作品という概念がフラットになっているので、膨大な資料が展示されているのは、ライブラリの担当者としても嬉しいというか。

花井:知識は鑑賞を阻害する、という一方で、実際、柳宗悦や式場隆三郎ら、民藝運動の人々は膨大な書誌を編んでいるんですよね。柳先生どうでしょうか、と。東近美は過去にお叱りをいただきましたが、私たちもこうやって後に続いています。

デザインに注目!

長名:外装やデザインの部分について、教えてください。

木村:表紙ですが、民藝の持つ雰囲気とは少し距離をとるようなデザインを意識しました。たたずまいとして、モノとして、なにか特徴的なものにしたいと思って、視覚ではなく、触覚を刺激するようなエンボス加工されたこの紙を表紙に選びました。ただ、これ、柳全集の表紙を見てなかったので(苦笑)。

花井:オマージュかな、と思ったら、偶然、柳宗悦全集の装幀となんだか雰囲気が一致したとのこと。柳全集は、本物の布ですが、今回のカタログで布貼りにすると、みなさんのお手元には届けられないコストになってしまいます。

木村:できるだけ僕のなかでは民藝の持つイメージとは遠ざかりたかったのですけど、結果的には近づいていた。

鈴木:黄色すぎず、グレーがかった色味や、布ではないけど洗練された風合いとか、民藝との絶妙な距離を保っていると思いますよ。よくこんな質感の素材を見つけてこられたなと感心しました。

木村:時間をかけて紙見本を見て、触ってという感じでした。

花井:色を入れたい誘惑にも負けずに、本当にストイックな感じです。

木村:何か特定の色を使用すると意味を持ってしまうので。今回は文字色も黒にしました。

花井:文字の艶。これも効いているのかなと。

木村:効いてますね。黒にしてよかったです(笑)

花井:これは後付けですが、柳の『民藝の趣旨』という本の特装本の文字の艶と似ています。コデックス装は背表紙がないのですが、それをどう処理するかという問題があり、普通は紙を巻いたりしますが、そうなるとまた違うものになってしまいます。

木村:そうですね。それは避けたいと思って。別案としてスリーブケースもありましたが、予算的にはちょっと。であれば、もうこれで。

花井:背表紙がない代わりに、ここ(裏表紙)に正式タイトルを入れました。

鈴木:ちゃんと箔を押してる。

長名:手に取りやすい感じもありますね。

黒川:重くもない。

花井:手ざわりが気持ちいいです。

おわりに

鈴木:今回の民藝展、外の人から「どこの章を担当されたのですか?」とよく聞かれるんです。この分量ですから、章かセクションで分担しているのでは、と。でもそうじゃないんですよ。どちらも全体をカバーしたうえで、執筆の分担だけを決めた。

花井:それぞれの専門の強いところ弱いところというのはあるので、もちろん分担に反映されてはいますが、逆にそれぞれの領域に踏み込んでいるところもあります。そこも俯瞰的な視点につながったのかなと感じます。

長名:偏らなかったんですね。文献案内をやったときも思ったのですが、民藝って入り組んでいるので、厳密に担当を分けるのは難しいですよね。そういうふうにお二人がうまく協働して取り組まれたところが、展覧会のコンセプト自体にもあっていたのかなと思います。

黒川:連名で巻頭のテキストを書くのは大変じゃなかったですか。各章のなかでそれぞれが書き分けるのとは違って、二人でひとつのテキストを書き上げるというのは。

鈴木:イントロダクションについては、「インデックス」という形式を含めた原案を花井さんが作ってくれたので、あとは下書きをベースに二人で推敲を重ねていきました。インデックスに分割されていたので、わりとスムースに書けましたよ。

花井:展示を見たお客さんの声で嬉しかったのが、キャプション一個一個で完結しているのだけど、それが全部つながっていて、全体を読んでこういうことか、とわかったという感想がありました。この展覧会は必ずしも柳宗悦ひとりの思想をそのまま伝えるというわけではなく、様々な論点から、民藝運動の歴史を俯瞰する、というもの。多様な個別のテーマがつながったとき、初めて全体像を結ぶ、というものです。今回のカタログは、展覧会の作り方そのものだったな、と思います。

長名:ありがとうございます。お話は尽きませんが、そろそろお時間です。今回の民藝展、様々な局面で協働による成果が結実したもののように思いました。展覧会カタログに一貫している俯瞰性や、網目のように張り巡らされたネットワーク、展覧会の補完的役割など、展覧会カタログの知られざる舞台裏を明かしていただけたのではないでしょうか。皆様、貴重なお話をありがとうございました。

鈴木勝雄企画課長

『現代の眼』636号


カタログ

柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」公式図録

2,600円(税込み)
B5変形サイズ
311頁
日本語・英語(一部)

【目次】

  • イントロダクション「民藝の100年」展を編集するー展覧会の見取り図 花井久穂、鈴木勝雄
  • 第1章 「民藝」前夜ーあつめる、つなぐ
  • 第2章 移動する身体ー「民藝」の発見
  • 第3章 「民」なる趣味ー都市/郷土
  • 第4章 民藝は「編集」する
  • 第5章 ローカル/ナショナル/インターナショナル
  • 第6章 戦後をデザインするー衣食住から景観保存まで
  • 民藝の「近代」ーミュージアム・出版・生産から流通まで 花井久穂
  • MOMATアートライブラリによる「民藝文献案内」
  • 俯瞰的視点をもつための「民藝の100年展年表」

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