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現代の眼 オンライン版 展覧会レビュー 「移動」のプロジェクトのはじまり―国立工芸館石川移転開館記念展Ⅰ「工の芸術—素材・わざ・風土」

山崎剛 (金沢美術工芸大学 学長)

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知り合いの作家から次のような相談を受けたことがある。新しい作品にタイトルをつけたい、文化庁みたいに。制作中の工房にお邪魔したところ、コンセプトは決まっていて、脚は白磁に金彩で、ロココ風のレリーフ文様を表し、アクリルとビニールによる座面に水を入れるという。そこで私たちは、《金彩磁(きんさいじ)ロココ風浮文椅子(うきもんいす) “イデアの玉座(ぎょくざ)”》〔註1〕と名づけた。作家は工芸に対する批評的な意図を込め、いわゆる文化財畑を歩いてきた私は、一般にはわかりにくい工芸特有のルールに従っていることをあらためて自覚した。

展覧会「工の芸術—素材・わざ・風土」〔註2〕を企画した花井久穂主任研究員は、「第1章 素材とわざの因数分解」を「はじめて当館のコレクションに出会う方への「自己紹介」のセクション」と位置づけ、「工芸作品は「素材」と「わざ」の掛け合わせ。タイトルの長さは、自然から取り出してきた「素材」が「工芸作品」になるまでに、どれだけ工程が積み上げられているか、という証でもあります。(略)名づけのルールと仕組みさえ押さえれば、それらは作品に施された複数の「わざ」を発見するためのヒントになります」と語りかける。そして、富本憲吉《色絵染付菱小格子文長手箱(いろえそめつけひしこごうしもんながてばこ)》を「色絵+染付(上絵付と下絵付の併用)」「菱小格子文(装飾文様)」「長(かたち)」「手箱(機能・用途)」に分解し、作者が上絵付(赤)と下絵付(青)を併用した「切実な工程上の事情」を説いている。

鑑賞者にとって長くて難しい、タイトルのルールと仕組みを解説することが、作品の「素材」と「わざ」を「解析」し「凝視」するための切り口となりえるとは。思いもよらぬ逆転の着想がおもしろい。その切り口が、工芸館のコレクションの成り立ちと特色、すなわち、1977年に工芸館が発足した時、コレクションのほとんどが文化庁からの移管品でかつ日本伝統工芸展からの買上品であったこと、こうした経路の移管は今も続き、結果として重要無形文化財保持者(人間国宝)の作品群がコレクションの中核をなしていることと、ゆるやかに連関しているのだから、まさに自己紹介にふさわしい設定である。

展覧会は、第1章を導入として「第2章 「自然」のイメージを更新する」と「第3章 風土—場所ともの」で構成され、全体を通して、工芸館が発足時より展示方針の1つに掲げつつも正面から取り組むことのなかった、「地域的または地方的特色を有する工芸品の展示」を強く意識している。また、「それぞれの土地で生まれた素材に人が手を加え、生活のなかで息づいてきた工芸は、日本全国一律ではなく、実に多くの多様性をもって発展してきました」という認識に立ち、「素材とわざ、それぞれの構成要素に分け入るようなミクロの目線」で作品を見つめ楽しむその先に、「常に更新されていく日本の「風土」を考えてみたい」とする思いは、地方移転の意義と素直に呼応している。

ただ、作品を見渡しながら覚える一様な美しさへのとまどいは何だろう。工芸館の移転は、「コレクション(モノ)や活動(人)がさまざまな境界を越えていく、「移動」のプロジェクト」である。国の文化財行政を起点として収集され、“東京”“近代”“美術”の傘のもとで展示されてきたコレクションに、「風土 Regionalities」という「異なる視点を投げかける」今回の試みは、収集された作品を「永遠に固定した位置づけの枠」にとどめることなく、「幾度も幾度も読み直していく」リサーチのはじまり。今後の挑戦に期待がふくらむ。

(『現代の眼』635号)


  1. 美術史家・北澤憲昭氏の企画による展覧会「アルス・ノーヴァ—現代美術と工芸のはざまに」(東京都現代美術館、2005年)出品の中村康平氏の作品。『美術史の余白に—工芸・アルス・現代美術』(「工芸」シンポジウム記録集編集委員会、美学出版、2008年)に掲載されている。
  2. 本稿において一重鉤括弧(「 」)で括った文章等はすべて『国立工芸館石川移転開館記念展Ⅰ「工の芸術—素材・わざ・風土」』(東京国立近代美術館、2020年)所収、花井久穂「皇居のほとりから、工芸のまちのなかへ—「工の芸術—素材・わざ・風土」」を参照し引用したものである。

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