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教育普及 現代の眼 オンライン版 たんけん!こども工芸観:Crafts Museum for Kids & Adults
戻る工芸館にとって、夏は子どもたちと一緒に工芸を考える時季です。初めて対象を子どもとするプログラムに取り組んだのが2002年でしたから、今年でちょうど20回目の夏となります。この間、簡易的なウェブページを皮切りに、印刷物、そしてイベントと、毎年少しずつ種類や回数を増やしていきました。
展覧会を設定から見直そうという声はわりと早い段階に上がりました。まずは子どもに親しみやすいモチーフを選ぶ(2004年)、鑑賞プログラムの総称「こども工芸館」を展覧会名に据え、玩具やフィギュアの系譜学も視野に入れて楽しさを全面に打ち出す(2005年)、子ども・一般の対象ごとの2本立て(2007、09年)などの試行を重ねたのち、2010年からは工芸の本質を問いながら、そのまま子どもたちにポーンと投げ渡すようになりました。今年の「ジャングル⇔パラダイス」展もその流れにあります。
図1は寺井直次の《極光》[註1]を鑑賞した未就学児の成果です。これは「ジャングル⇔パラダイス」展のレビューを執筆していただいた冨田康子氏(工芸課客員研究員・2004年当時)考案のプログラム「動物にがおえ大会」エントリーシートの1枚で、「動物のモチーフ」展の出品作を写生して「すきな理由」を添えて掲示する趣向でした。注目したのは「きつねがすきだから」というあどけない言葉とは対照的な厳しい線の集積で、作品上で狐を表す無数の卵殻のカケラが、厚紙に刻み込む勢いで描き込まれました。指先で凹凸を辿れるほどの圧がかかった線描は、卵殻の微細な曲面を保持した集合体にざわめく心情を映しながら、作品の制作工程とシンクロする視線の軌跡を伝えています。
翌年の「動物とあそぼう」展と同時開催の大人用陳列からは、生野祥雲斎(しょうのしょうんさい)の《白竹一重切華入 くいな笛》[註2]の「にがおえ」が、8歳の子によってもたらされました。すきな理由は「いろがすき」。青竹を加熱や天日干しして水分油分を除去すると防虫防腐防カビを期待できますが、この工程で一緒に葉緑素が抜けて、白竹の呼称が与えられます。とはいえこの技法が長く続いたのは、ただ機能本位ではないのかもしれません。最先端とされる技術でデジタル画像を作る際、今でもカラーチャートをフレームに納めることがありますが、はたしてそのような処置でこの子が惹かれた美意識の伝統、「白」一字に託された意義を構築できるでしょうか。祥雲斎は節を2つ残して切断し、開口部を設けただけの限定的な造形要素に、青竹とはまた別種の清新さを宿す美の様態を収斂させました。後年、本作の「竹がきれいすぎる」ことに注視した11歳が、竹に作用する光を茶・黒・黄の色鉛筆と紙の地色で描出しようと試みたのも興味深い反応です(図2)。
「動物にがおえ大会」エントリーシートは、その後「みんなでつくる工芸図鑑」と呼び名を変え、工芸館にとって重要なプログラムへと成長しました。参加した子ども自身の内面だけで鑑賞が完結せず、他者に向けてアウトプットする意識が客観と強調の両極に働いて、「図鑑」カードという成果物の充実を促進させているようです。もちろんすべての事柄が子どもの自覚のままに出てきた訳ではありません。が、彼らの直感が放った光は工芸をみずみずしく浮かび上がらせ、知識や既成概念で縛られがちな大人の価値観を揺るがす契機になり得ると確信しています。
その後当館では、子どもたちの鑑賞へのレスポンスとして「イロ×イロ」「ピカ☆ボコ~オノマトペで読みとく工芸の魅力」「こどもとおとなのアツアツこうげいかん」などの展覧会をリリースしていきました。2019年の「みた?—こどもからの挑戦状」はいわば子どもたちとの共同研究の中間報告です。過去の「図鑑」カードの紹介動画は大人を会場へとUターンさせ、一方、子どもたちもまた発奮して大量のカードをかきあげました。お名残りに来てくれたリピーターのなかには、自身の成長を実感した子もいたようです。
残念ながら、昨年に続き今年も鑑賞活動は制限せざるを得ません。そんな時節だからこそ、生活感情の特殊と普遍とがないまぜとなって形成される工芸という文化を明日につなぐべく、道を探っていきたいと思います。
(『現代の眼』636号)
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