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現代の眼 オンライン版 新しいコレクション 鈴木治《馬》

中尾優衣 (工芸課主任研究員)

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鈴木治(1926–2001)
《馬》
1977年
磁土、青白磁
高さ51.6、幅34.4、奥行15.4cm
令和2年度購入
撮影:エス・アンド・ティ フォト

小さな頭部、長い首、大きく角ばった胴体、それに短くて丸い脚がちょこんとついています。まっすぐ前を向いた姿は堂々としていますが、独特のプロポーションはどことなく愛らしくもあります。

鈴木治は、八木一夫、山田光らとともに1948年に京都で前衛陶芸家集団「走泥社(そうでいしゃ)」を結成し、用を持たない立体造形としての表現を模索した戦後の日本陶芸に新たな領域を拓きました。馬や鳥、雲や山など、自然界のさまざまな形象の本質をとらえ、そのイメージを簡潔なフォルムの内に凝縮した作風で知られます。

赤化粧の上から灰をかけた焼締め風の陶による作品が代表的ですが、転居を機に自宅で還元焔焼成のできる窯を使うようになり、1970年代から青白磁(影青(いんちん))も制作しました。本作は鈴木の青白磁作品のなかでも最大級のもので、作者自身もとりわけ気に入っていた優品です。ちなみに影青とは、素地に彫り模様などを施した凹みの部分に釉薬がたまり、いっそう青く見えることに由来します。

同じ焼き物とはいえ、素材も工程もまったく異なる青白磁と赤化粧の陶。両者の違いを「青白磁の作品は加えていくプラスのフォルム、陶器作品は削ぎ落としていくマイナスのフォルム」1と鈴木はいいます。さて、この作品のプラスの要素を見てみましょう。まず、胴部に点々と捺された装飾模様。つるつるした頭や脚と対照的に、細かな凹凸が釉薬の色の濃淡を強調しています。もう一つは、各パーツを接合する際に生じるバリ・・の部分。きれいに取り去ってしまうことも可能なはずですが、あえて残した不定形の陰影が作品のマチエールとなっています。

青白磁といえば、気高く近寄りがたいほどに端正な中国宋代の影青が一つの規範であり、到達点として陶芸の歴史上に高くそびえています。それは、鈴木が初めて青白磁の作品を発表した際、「もう随分長い時間、心の片隅に、憧れとおそれを同居させながらおいていた、影青でした」2と語っていることからもうかがえます。

ところが、この《馬》はどうでしょう。一つひとつのパーツを継ぎ合わせた工程が想起されるような制作の痕跡(に見えるもの)が、馬というイメージを構成しています。従来の影青における磁土は、釉の美しさを引き立てる素地としての控え目な存在です。しかし、鈴木は影青の手法を生かしつつも、磁土と手のあいだから生み出された「焼き物」なのだということを静かに言明する、新しい影青の世界へと歩を進めました。幼い子どもが粘土をこね、ちぎり、無垢に作った動物を思わせるプリミティブで柔らかい「プラス」の造形には、長い歴史の中で蓄積されてきた陶芸の価値基準を鮮やかに転換してみせる仕掛けが潜んでいるのです。

(『現代の眼』636号)


  1. 鈴木治、白石和己(対談)「ルポ 詩情のオブジェ 鈴木治の陶芸―展覧会に寄せて」『なごみ』233(1999年5月)号、63–64頁。
  2. 「作家あいさつ」、「鈴木治展」パンフレット、新宿伊勢丹、1971年。

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