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現代の眼 オンライン版 新しいコレクション 北大路魯山人《紅白椿鉢》
戻る紅白の椿が描かれた鉢。ぽってりとした厚みを感じさせる花びらと、2色に彩られた葉。細かく描かれたシベの先には、ほのかに黄色みが差しています。写真で見ると実感しにくいかもしれませんが、径43cmというと大人が両腕で抱え込むほど、かなり大きな器です。
作者は北大路魯山人。陶芸のみならず、書、料理、漆芸、篆刻などさまざまな分野で才能を発揮し、広くその名を知られる芸術家です。幼少期から抱いてきた食への探究心が高じて、料亭「星岡茶寮」を開いたのが42歳のとき。よい器なくして、よい食事はありえないという考えのもと、みずから器をつくりはじめます。
魯山人が作陶の師としたのは、300年以上前につくられた古陶磁の名品。瀬戸、美濃、九谷、唐津、備前など日本国内はもとより、中国、朝鮮半島の陶磁器も広く蒐集し、それぞれの優れた点を自分の眼でたしかめながら、自身の表現に昇華していきました。なかでも琳派の名手、尾形乾山には大きな影響を受けています。魯山人が乾山の作品について評した「大まかな筆不精なズバッとした優美な意匠」[1]という言葉は、この椿鉢にもそのまま当てはまりそうです。
あらためて本作を眺めてみると、花びらは一息に描いた円のようにおおらかな姿をしていますが、その筆の運びは一つひとつ微妙に違います。硬質でやや反りのある葉の感じは椿の特徴を見事にとらえており、モチーフを単純な花のパターンとして抽象化せず、生きたありさまを写し取ろうとした姿勢がうかがえます。
この椿鉢は1938–40年にかけて制作された連作のひとつで、鉢の大小や、花や葉の配色にさまざまなバリエーションがあります。葉の部分に黄色を用いた本作は、実際に椿が咲く冬の景色よりも明るい雰囲気で、どこか軽やかな感じもします。
さらに描かれた椿の奥に目を凝らすと、薄紅色の下地に所々、白い斑紋が見られます。これは窯の中で釉薬が変質して起こる「窯変」の一種で、「御本手」と呼ばれるものです。高台の中と側面は、釉薬をかけない「土見せ」になっており、魯山人がどのように土という素材と向き合ったのかを知る手掛かりが隠されています。
ものごとの表面的な解釈や模倣を嫌い、なにごとも本質から体得しなければ気が済まなかった魯山人。あるとき雑誌記者が「ものを美味しく食う方法」を尋ねたところ、魯山人は「腹を減らせばよかろう」[2]と一言。まるで取り付く島もない返事にも思えますが、それは「本当に知りたければ、まずは自分の体で経験してみよ」という魯山人らしい薫陶だったのかもしれません。
(『現代の眼』637号)
註
- 北大路魯山人 平野正章編著『魯山人陶説』中央公論社、1992年
- 北大路魯山人 平野正章編著『魯山人味道』中央公論社、1980年
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