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現代の眼 オンライン版 新しいコレクション 池田晃将《電光無量無辺大棗》

岩井美恵子 (工芸課長)

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池田晃将
《電光無量無辺大棗》
2022年
漆、檜、鮑貝、夜光貝、青貝螺鈿技法
高さ9.4、径7.4㎝
令和4年度購入
撮影:野村知也

私が幼少期の近未来的なイメージといえば、たとえば「鉄腕アトム」に見られる空飛ぶ車や人型ロボットといった人工物に囲まれた無機質な世界観が主流でしたが、平成に入りそのイメージはがらりと変わりました。映画「マトリックス」に代表される蛍光緑の大量の数字やアルファベットが流れ落ちる空間と情報があふれる電脳世界、ピンクや黄色を中心とした蛍光色で彩られた殺伐とした街のネオン、それらに対抗するように自然との共生を目指し人工的に整えられた木々に覆われたビル群。このようなイメージは映画やアニメ、ゲームなどのサブカルチャーのなかに表れますが、それは同時代の若者の趣味嗜好の形成に大きな影響を与えるもので、まさに成長期に近未来=情報過多のイメージを受容した世代の池田晃将の作風の源泉となっています。本作でもそのイメージはわかりやすいほどに私たちに訴えかけています。

そしてもうひとつ池田を魅了するのが「装飾」です。本作は虹色に煌めく無数の数字に覆われた黒い立体ですが、これは漆の伝統的な装飾技法である螺鈿を用いて制作された棗(なつめ)です。もともと螺鈿は模様や絵柄の色味として多く使用されてきましたが、池田は切削機やパルスレーザーなど最新テクノロジーを用いて驚くほど細かい数字を象り、パーツ自体を文様化させました。七色に輝く算用数字は、作品の中央に存在するまるでブラックホールのような一本の漆黒の闇に吸い込まれ、観る者の不安を誘います。その不安さえも美しく感じるのは、螺鈿の煌めきに加え、胎の形の静謐さではないでしょうか。池田は、現代におけるもっとも美しい工芸作品となるよう棗という形態を選び、その制作を轆轤木地作家の川北浩彦に依頼しました。このように伝統的な素材と技法、さらに新しい技術と表現、これらが融合された彼の作品は、現在は現代アートやサブカルチャーの文脈でも語られるようになっています。

今年ニューヨークで開催された個展のパンフレットのなかで池田は以下のように語ります。

日本の美しい自然を感じ、

世界中の文化や音楽に憧れ、

そして装飾に出会いました。

世界中のどんな文明でも、装飾は力と社会と美意識を反映してきました。

それは歴史であり、自然とは一線を画す人智の進歩です。

過去の名品や遺産と向き合う時、その空間は聖性を纏います。

脈々と続く過去を受け継ぎ、未知なる未来を探しながら

この時代を映し留めたいと思い進んでいます。[1]

これは、螺鈿による装飾で「今」を表現するために、最新の技術を用いて、未来へ残る漆作品を作りたいという池田の決意表明です。現代の工芸の表現のあり方を考えるときにぜひこの作品を思い出してみてください。そして手のなかで輝く宇宙を想像してください。

[註] 1 Celebrating 15 years of Ippodo Gallery New York Terumasa Ikeda: Iridescent Lacquer, Ippodo Gallery, 2023

(『現代の眼』638号)

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