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現代の眼 オンライン版 展覧会レビュー 天気が育む技術、作品が映す天気

原 唯 (文化庁文化財調査官)

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場所や時間によって移りゆく天気は、生活に直結する身近な存在だ。同時に、日々の天気がもたらす土地固有の気候は、特色ある四季や自然を育み、風土を織りなし、そこに生きる人々の営みや文化を豊かにする。その中には当然、工芸も含まれる。
本展は、「天気」という新しい切り口によって、石川県と工芸との関りを再考することを試みる。現在の国立工芸館の石川県移転開館5周年を記念し、かつ令和6年能登半島地震からの復興を願う展覧会として、とりわけふさわしい内容と思われる。

本展は、工芸における「技術と天気」「表現と天気」の関係を探る2章から構成され、1920年代から現在に至る、石川県ゆかりの作家等の作品を紹介する。

「1章 天気と生きる、天気とつくる」では、石川県の「漆」「金箔」「九谷焼」「加賀友禅」が主に技術の点から地域の天気と深く関わることを示しつつ、漆芸・陶芸・染織・金工による作品を取り上げる。天気という身近なものを介し、普段触れる機会が少ない制作技術から作品に焦点を当てる試みである。

多くの鑑賞者にとって、天気が工芸を制作する技術に影響を与えるということは、意外な事実かもしれない。ここで要となるのは、松田権六著『うるしの話』(作品番号R-1)と木村雨山監修『加賀友禅』(作品番号R-2)の2冊であろう[図1]。実際に天気と寄り添い、そして格闘しながら制作を行った作家による言葉は、展示作品の制作過程と天気との関係に説得力を与える。その言葉を踏まえて、改めて松田権六《蒔絵鷺文飾箱》(作品番号5)の前に立つと、私たちが日々、天気—暖かさ・寒さ・乾燥・湿気など—を、ときに嬉しく、ときに少し厄介に感じて暮らしているように、松田も、天気—温度や湿度—を肌で感じながら、下地、中塗、上塗、蒔絵等の仕事に用いる漆をそれぞれ調合し、制作に使用していたことが想像される。私たちが天気に応じて生活を工夫するのと同じように、作り手も天気によって日々の作品制作を工夫していたことを実感すると、ガラス越しの作品とその制作技術に、一層の親近感を抱くことが出来るのではないだろうか。

図1 展示風景:1章 天気と生きる、天気とつくる|(ケース左から)松田権六著『うるしの話』1966年、木村雨山監修『加賀友禅』1970年|撮影:石川幸史

「2章 空を見上げて/春を待つ」では、北陸などの天気に着想を得た造形を紹介する。元来、茶道具の名品には天気にまつわる銘を持つ作品が少なくないが、本章でさまざまな素材の作品を鑑賞し、天気という主題と工芸表現との相性の良さを感じた。天気による現象は、視覚的には定まった形を持たないことが多く、温度・湿度・匂い・雨風の感触といった視覚以外の感覚と一体となって記憶されている。工芸は、形のない現象を加飾によって具象的に描写をすることも、器形や文様等で抽象的に表現をすることも得意とする。また、素材との強い結びつき故に、素材が持つ質感や温度感などを自ずと鑑賞者に想起させる。天気と工芸表現はいずれも複数の感覚に訴えるものだが、工芸作品が天気を表現したとき、両者はお互いの本質的な要素を際立たせているように思えた。

例えば、水口咲の《乾漆箱「新雪」》(作品番号46)は、雪の白色とかけはなれた鮮やかな朱色でありながら、不思議と雪を題材としていることに違和感を覚えさせない。ケースを一周すると気がつく、乾漆かんしつ(布を漆で張り重ねて造形する技法)で作った絶妙な不定形は、風が吹くなか雪が降り積もって出来上がった、“ぽってり”とした造形を思わせる。加えて、朱漆の塗立ぬりたて(研ぎや磨きを施さず塗ったまま仕上げる技法)が、形を引き立てるおだやかな塗肌を生み、降りやんだ後のしっとりとした雪肌を想起させる[図2]。2章の作品を天気の表現に注目して見ていくと、そこには、水口の作品における乾漆や塗立のような鍵となる技術の存在がある。そして1章を振り返ると、こうした技術は天気に育まれた側面を持つことに思い至る。本稿で言及出来る作品は限られるが、本展には多くの作家の作品が並ぶ。1点1点の豊かな表現とそれを支える技術を、北陸の天気を視点に存分に楽しんでいただきたい。

図2 展示風景:2章 空を見上げて/春を待つ|水口咲《乾漆箱「新雪」》2021年、個人蔵|撮影:石川幸史

1・2章を通して、最も多く展示されているのは漆芸による作品である。ウルシノキから採取した樹液である漆は、特定の温湿度下で化学反応が進むことにより硬化する。それ故、漆芸技術は気候と密接に関わり、地域を異にすると制作の勝手が変わる。例えば、石川県と東京都で、同時期に同じ用途で同じ調合の漆を用いても上手くはいかない。一括りに漆芸技術といっても、各地域で長年伝承されてきた技術は、その土地の気候に特化し、その環境がもたらす素材や道具を生かしながらそれぞれに発展してきたのである。これは漆芸に限ったことではない。

改めて出品作家を概観すると、師弟や、指導者と生徒等の間柄にある作家が多くを占めることに驚かされる。本展は、特色ある気候を有する石川という地で、地域に根差した工芸技術が育まれてきたこと、そしてその技術が人から人へ確かに受け継がれ、各世代において土地への眼差しの表現が華開いていることを、作品を通して示しているのである[図3]。

図3 展示風景:1章 天気と生きる、天気とつくる|(ケース左から)松田権六《蒔絵鷺文飾箱》1961年、松田権六《蒔絵撥鏤双雀文雪吹》1962年、寺井直次《鷺蒔絵雪吹》1997年、大場松魚《平文朝箱》1969年、全て国立工芸館蔵|撮影:石川幸史

(『現代の眼』640号)

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