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現代の眼 新しいコレクション アンソニー・カロ《ラップ》1969年

三輪健仁 (美術課主任研究)

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アンソニー・カロ(1924–2013)《ラップ》
1969年/スティール、彩色/高さ109.0、幅244.0、奥行108.0cm/平成30年度購入
© Barford Sculptures Ltd.
撮影:大谷一郎

まず作品の構成要素を挙げてみます。スティールのパーツが5つ、溶接によって組み合わされています。板状のスティールを湾曲させたものが3つ、まっすぐのL字鋼、弧状に曲げられた溝形鋼です。すべて黄味がかった茶色に塗装されています。このように日常的、非芸術的な素材を「組み合わせ」て制作されたものは構成彫刻と呼ばれ、キュビスムや構成主義など20世紀初頭に始まります。アンソニー・カロの作品において、鉄板や鉄骨といった要素の集合は、彫像や塑像のように閉じた量塊を作ることはありません。複数の要素を配置し、それらを関係づけることで、無限定な現実空間から区別される「空間のフォルム」を生み出します。この特徴は「関係性」や「分節化」という語で批評されてきたもので、批評家マイケル・フリードは「カロの芸術において見るべきものは、すべてそのシンタックス(構文)の中にある」と述べています(Michael Fried, “Art and Objecthood,”in Artforum (New York) 5, no.10 (Summer/June 1967), p. 20)。

では、ここで五つの要素をひとつの形として成立させているのは何でしょう。それは台座、カロの言葉で言えば「テーブル」です。カロは1966年に始まる、台の上に置かれた彫刻を「テーブル・ピース」と呼びました。彩色によってスティールの物質感は弱まり、さらに地面から物理的に離れることで、とても軽やかな印象が生まれています。また台に絡みつきながら縁をはみ出し、ぶら下がるような形態をとっています。「テーブルに腰掛ける彫刻」というカロの形容がぴたりと当てはまりますし、題名の「ラップ(lap)」に含まれる「ひざ(椅子に腰掛けた時の、腰から膝頭まで)」や「(衣服の)垂れ下がった部分」といった意味も呼び起こさせます。テーブル・ピースで重要なのは、テーブルの「水平面(の高さ)」と「縁」であるとカロは言います(『アンソニー・カロ展』カサハラ画廊、1979年、4頁)。この作品でも溝形鋼はテーブルの縁に引っかかり、天板の水平線とL字鋼の左下がりの直線とが呼応するなど、水平面と縁が重要な働きをしています。

通常、台は彫刻の完成を待って後から用意されることがほとんどでしょう。台の上に置くことで、彫刻は外界から分離され、自立します。対してカロの作品では、まずテーブル(台)が存在し、彫刻はその周囲に、遅れて姿を現します。このようにしてカロは、彫刻を外界から分かつ制度・慣習としての台座でなく、作品成立のために不可欠な構造としてあるテーブルという、新たな方法・表現を生み出しました。


『現代の眼』633号

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