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現代の眼 教育普及 「MOMATコレクションこどもセルフガイド」のデジタル化継続性を意識した鑑賞教材のデザイン―大岡寛典氏に聞く

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東京国立近代美術館(以下、東近美)は、2021年3月にデジタル鑑賞教材「MOM@T Home こどもセルフガイド1(以下、デジタル版セルフガイド)を公開した。本教材は、東近美で2008年から連続して制作してきたワークシート「MOMATコレクションこどもセルフガイド2(以下、こどもセルフガイド) をデジタル化したWebアプリである。制作は、こどもセルフガイドのデザインを手がけた大岡寛典氏に依頼した。今回は大岡氏に、こどもセルフガイドのデザインとそのデジタル化についてお話をうかがった。

聞き手・構成:
細谷美宇(企画課 特定研究員)

2021年5月11日
オンラインでのインタビュー


MOMATコレクションこどもセルフガイド(印刷物)

――こどもセルフガイドをはじめて制作したときのお話を聞かせてください。

スクールプログラム・ガイド3や企画展のセルフガイドをやらせていただく中で、コレクション展に対してもセルフガイドを継続的に作っていきたいという話をいただきました。企画展のガイドは内容次第でデザインを変えるけれど、コレクション展対象の場合は、ずっと連なって長く手掛けられる継続性が一番大事だと思って、コストをできるだけ削減しつつ、表はフルカラー、裏は一色刷りに統一しました。

――こどもセルフガイドは作品1点につき1枚のカード状で、会期ごとに出品作に合わせた6枚を組み合わせて使っています。はじめはカードの種類が少なく、毎年少しずつ作り足してきました。最初から徐々に増えることを想定し、継続性を意識してデザインされていたのですね。

展示替ごとにカードも入れ替えるという使い方まで含めてのデザインでした。長いスパンで使われていくことを認識していないと、続けるのが段々と苦しくなったりとか、途中で版型や形式が変わったりとかする。お金をかけてその時だけのものを作っても、ずっと続けられないじゃない? だから逆に引き算でやらないと、って。在庫の管理とかもあるし、予算的にも無理がない形で続くことが一番だと思ったんですよね。デザイン的に奇をてらった、ものすごく斬新なものを作ったわけではないと思っています。

――狙い通りに10年近く順調に作り続け、今では50種類以上のカードを揃えています。カード1枚の中での作りもある程度揃えられていますが、これはどうデザインされたんですか?

試作版4の段階で、表が問いかけで裏が答えという作りでした。子ども向けなので総ルビにして、細かい解説文の部分と、パッと見て一発で分かる子どもが読む部分を分けましょうとか、そういう大まかな作りは原稿を丁寧になぞっていった感じです。読みやすさなどのデザイン的な配慮はした上で、詰め込みすぎずわかりやすい構造になりました。印刷物の段階でデザイン性を上げるために文字を小さくしたりとかしなかったことで、結果としてデジタル化した時に画面が小さくても字が十分読めたんですよね。

同じ形式で作り続けてある程度の蓄積が出来たことが、今回のデジタル化に繋がったと思います。時が経つと当然変えたくもいじりたくもなるけれど、途中で版型変えたりとかしなかったのが良かったんでしょうね。ジャンルや制作年代が偏らないように追加の作品が選ばれたり、技法について追加されたりして、セルフガイドのラインナップとコレクションの網羅性との歩調が合っていったと思います。

――十年前ぐらい前にも一度、アプリ化・デジタル化のご相談をしたことがありました。当時は開発費がすごくかかると聞いて流れちゃいましたけど。今回はコロナ禍の直前、2019年秋にデジタル化したいとご相談しました。

元々、印刷物もデザイン時はデジタルデータとして扱っていて、入稿時にはPDFにするわけです。それをそのままWebベースで公開するという方法はありました。カードの表裏で一つのPDFにして、それを一覧にしたウェブサイトを作るのはどうだろう、って。

ちょうどその時期、Glide5というWebアプリを使ったプログラムガイドも作っていて、可能性を感じていました。2019年の国際マンガ・アニメ祭Reiwa Toshima(IMART)6のカンファレンスのプログラムですね。紙でも作るけど、アプリもいいんじゃないって話で、登壇者のプロフィールやセッションの予約ができるWebアプリを作りました。汎用性もあるし、制作の過程でデータベースを作って紐づけるから、全体の構造がすごくわかりやすくなるのでいいなと思って。

こどもセルフガイドのデジタル化も、単純にPDFをダウンロードするだけより、今まで作ってきたものをもう一回ちゃんとデータベース化して、今後増えるのにも対応したらどうだろうって考えました。そこで試作版は、ひとつはWebベース、もうひとつはGlideを使ったWebアプリと、2種類提出しました。

――プロトタイプは、Webアプリの方が圧倒的に使いやすかったんです。PDFだとダウンロードするかビューワーを使わざるを得ませんが、アプリだと同じ画面の中で遷移できるところとか。それで、運用面がクリアできるならぜひこちらでとお願いしました。

デザイナーが作る部分と美術館で運用する部分の作業の振り分けも必要です。展示替えのたびに業者に修正を依頼するとか、そういう運用面の煩雑さは避けたいですよね。デジタル版セルフガイドのデータは、Google Workspace(旧Google Suite)のビジネスアカウントを取って、そこに全て格納しています。一つのスプレッドシート上にデータベースを作って連携させていて、それをいじればアプリに即時に反映されます。この作業はデザイナーいらず、つまりノンデザイナーでできるわけです。それって大事かなって思ったんです。

アプリ化によってパッケージとして一つの画面の中で完結するし、ソートなどで見る側の利便性も上がって、いろんな可能性が出てきますよね。タイミング的にもちょうど良かったと思います。皆がスマホを個人で持つ時代になりましたから。10年前の(デバイスの)解像度だったら文字が読めなかったかもしれない。そういった意味でも、実現する環境が整ってきたところだった気がします。

――元々は展示室だけで使うつもりでしたが、コロナ禍の臨時休館を経験して、一般公開版をリリースすることになりました。やはり時代に後押しされていると感じます。

これからデジタルデータを活用したいろんな試みが起こってくると思います。海外の美術館とかの事例を見てもすごいじゃないですか。パブリックドメインなんかの裁量も含めてレベル違いで進んでいると思う。そんな中で国立美術館としてこういった事例が示せたのは大きな一歩じゃないかな。東近美でやる事って波及力があると思うんです。地方の美術館とか、モデルケースが前例としてあるとやりやすいんじゃないかって。チャレンジングな試みをしていることがうまく伝わるといいですよね。

デジタルデータ活用って、予算がある館が派手な3DCG作るとか、3Dのくるくる回るアプリ作るとか、そういう風に思われがちだけれども、デジタル版セルフガイドのような作りなら、一回構造さえ作ってしまえば中身を変えることで他でも使えるようにできるんですね。僕としては、うまく運用できるようになった段階で基本的なフレームを公開してしまおうと思っているんですよ。で、他館でも画像を準備してデータベースを作れば同じものが作れるようになると。最終的な目標はそこの部分なんです。デジタルで一から立ち上げるのもいいけど、今まで積み上げてきた印刷物なんかの資産があるなら、それをベースにノンデザイナーで予算をかけずに簡単に作れる方法があるよって伝えたいですね。各館それぞれの状況に合わせて、共有できる部分は共有して、持っている資源が活用できればベストだと思います。

Webアプリはオープンソース、オープンデータという流れの中で使われていくものだと思っています。使い続ければ仕様変更とかはあるかもしれませんが、権利的に改悪されるようなことはおそらくはないと思うし。今回のトライアルについても、運用も含めた知見がどんどん公開されてほしいですね。

話はズレるんだけれども、工芸館が金沢に移った7じゃない? スマホ用の鑑賞ツール8で面白かったのがあるんです。すごく長いPDFで、シンプルな作りだけど、これも一つの発明だよねと思って。真似しようと思えばできるんじゃないかな、これいいなと思って見てたの。

デジタルデバイスを使った鑑賞体験はそれぞれ(の機器)に合わせた形に変わってくんだろうね。色んなアプローチがあっていいと思うんです。例えば展示室内のひとつひとつの作品にQRコードをつけるとか、簡単にできることはまだあるし、皆がおたおたしないでやれることをやっていけるといいですよね。

作品をもっと楽しむセルフガイド(国立工芸館)

――最後に、デジタル化に関わらず、美術館の教育普及活動について展望などありましたらお聞かせいただけませんか?

ある層にとっては、美術館や美術の楽しみが、インスタ映えとかバズるとかの写真を撮る行為に集約してるじゃないですか。企画側としてもバズらせることがナンボみたいな、広報ミッションと一緒になっている状況があると思う。一つの楽しみ方としていいとは思うけれども、そっちに行き過ぎだなって思ったりはします。誰しもがカメラを持っているという状況と、もう一歩踏み込んだ鑑賞とかをくっつけられる方法は何かあるはずで、そこから教育普及の違う形も見えてくるんじゃないかな。

東近美で写真が撮れることには意味があるんですよね。国民の財産だからでしょ。美術館はエスタブリッシュな人たちのものじゃなくて、自分たちの共有の財産だから常設展は皆が撮れるんだよっていう、超シンプルな事が残念ながら共有されていないと思うんです。そこから始まることが、普通の人たちの持っている写真を撮りたいって欲求とかと美術館がリンクする一つのポイントになるのかもしれません。

教育普及というジャンルの事は考えれば考えるほど色々な魅力があって面白いです。それに携わるデザインの可能性もまだいっぱいある。今回もセルフガイドをデジタル化したいっていう話からまさかこんな風に広がるとは思わなかったので、きっかけがあればまた色々と実験したいですね。

  1. 一般公開版:https://momat-home.glideapp.io/
  2. A5サイズのカード6 枚と表紙1 枚をリング留めした書き込み式のワークシート。MOMATコレクション展に来場した小中学生に無料配布。カードの組み合わせは出品内容に合わせて会期ごとに変更される。
  3. 学校団体での来館を検討する教員向けのパンフレット。
  4. こどもセルフガイドの試作版および初版は藤田(当時の旧姓:山口)百合氏(当時企画課研究補佐員)によって執筆された。
  5. Glide Apps。Googleスプレッドシートをデータベースとして利用し、簡単なPWA(プログレッシブWebアプリケーション)を自動的に生成できる。作成されたアプリはダウンロード不要で、標準的なブラウザ上で動作する。
  6. https://culturecity-toshima.com/event/1055/
  7. 東京国立近代美術館工芸館は2020年に石川県金沢市に移転した。現在の正式名称は国立工芸館。
  8. 「国立工芸館石川移転開館記念展Ⅰ工の芸術─素材・わざ・風土」での「作品をもっと楽しむセルフガイド」。デザインはUMA / design farm。

『現代の眼』636号

公開日:

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