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現代の眼 新しいコレクション 竹内栖鳳《日稼》1917年

鶴見香織 (美術課主任研究員)

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竹内栖鳳(1864–1942)
《日稼》1917年
絹本彩色・軸装
210.5×88.5cm
令和4年度購入

《日稼》は、2013年に当館で開催した竹内栖鳳展に、ほとんど100年ぶりに出品され注目を集めました。今年収蔵が叶い、2022年10月12日から12月4日までMOMATコレクション展の第10室で公開しています。
この作品が一見栖鳳らしくないのは最初から織りこみ済みでした。栖鳳本人が「批評されん為めに出品したのである」「私共のやうに鑑別ではねられる心配のない人は、時々こんな変った試験をやって、世に問ふ必要もあると思った」(『太陽』1917年11月、以下の引用も同じ)と言っています。

では、本作はそれまでの栖鳳作品と具体的にどこが違うのでしょうか。栖鳳が挙げたのは次の2点でした。(1)奥に金箔を押したら強くなってしまい、釣り合いをとろうと全体を濃く描きこんだこと。(2)娘を描くのに線を使わず色と模様で丸さを出そうとしたこと。

それ以外にも例えば、(3)労働者が描かれていること、(4)一見してポーズがわかりにくいこと、(5)描きこまれたモチーフがやたらと多いこと、(6)たくさんのモチーフが奥に向かって次々と重なり奥行きを作り出していること、なども、他の栖鳳作品に見られない特徴でしょう。つまり、本作には栖鳳が一度しか試さなかったような新機軸が、ぎっしりと詰まっているというわけです。

この作品の構想をどこから着想したかについても、栖鳳の言を聞いておきましょう。曰く、東本願寺のお茶所の夏の午後、喉をうるおす日稼娘の背後に、後光の輝く阿弥陀如来の軸が掛かっていたのを見て、聖俗の取り合わせを思いついた。そのお茶所での場面は「嘗て欧州を漫遊した時、伊太利の或る寺で見た古画」を思い出させたのだと。

栖鳳がイタリアの寺院で見たのはどんな作品だったのか。想像するに、神聖な場面の両脇に世俗の人物、例えば寄進者像などが添えられた、そんな作品だったのではないでしょうか。本作の娘のポーズが、祈りを捧げるよくあるポーズにちょっと似て見えるのは、そうした印象も持たせようと意図してのことだと思えるからです。

実際には、娘は左手に湯呑を持ち、帯にはさんだ紺色の手ぬぐいを右手でつまんで額の汗を拭っています。普通に見たら当代の社会の片隅を描いた作品です。後年、日本画家の鏑木清方が、生きた社会を描く「社会画」(清方の造語)を唱えたとき、一例として挙げたのが本作でした(『文芸』1934年7月)。


『現代の眼』637号

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