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現代の眼 展覧会レビュー 「ハイライト」での「第一歩」

正路佐知子 (国立国際美術館主任研究員)

会場:所蔵品ギャラリー4階1室

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東京国立近代美術館の所蔵作品展MOMATコレクションの第1室。「ハイライト」と題された下には、次のような紹介文が記されている。「このコーナーでは、重要文化財を中心に、MOMATコレクションを代表する作品を解説付きでご紹介しています」。同館所蔵の重要文化財が数多く紹介されてきた第1室の「ハイライト」だが、「重要文化財の秘密」展(2023年3月17日–5月14日)会期中は、それは叶わない。これを機会ととらえ、「男女の作家を同数にして、当館の名品をご紹介」する展示が「試み」られた。本展示がこれまでの美術史の語りあるいは美術館活動における「ジェンダー・バランスの不均衡」に対する反省的・批評的意識を出発点としているのは言うまでもないだろう。「偉大な女性芸術家はいなかったのか」という問題提起がなされもう半世紀が経ち1、国内の美術館においてもジェンダーの視点が導入され、1990年代より先駆的・先進的な展覧会が開催されてきたにもかかわらず、いまだに問題が広く共有されたとは言いがたい状況にある。近年、地方公立美術館や私立美術館でもさまざまな企画が実施されてきているが2、国立美術館が「ジェンダーを男女だけに分けるのも今やナンセンス」と認識しながらも基本から問い直すことを「試み」たインパクトはやはり大きい。

この3月に公示された独立行政法人国立美術館第5期中期計画、および令和5年度年間計画において、「作品収集」の項目では東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、国立国際美術館は揃って「ジェンダーバランスの是正」を掲げている3。章解説でも「今後の調査研究や作品収集につなげていくための第一歩」と記されており、本展が今後の活動の布石であることが示唆されてもいる。

図1 コレクションによる小企画「解放され行く人間性 女性アーティストによる作品を中心に」(2019年6月18日–10月20日)会場風景|左から2点目が丸木俊(赤松俊子)《解放され行く人間性》|撮影:大谷一郎

とはいえ過去に東京国立近代美術館で同様の試みがなかったわけではない。丸木俊(赤松俊子)《解放され行く人間性》の収蔵を契機として2019年に女性の作家を中心とする展示を行っていた[図1]。今期の第11、12室の「更新されるModern」においても男女の作家数が半々となったそうだ。しかしながら第1室の「ハイライト」が重要なのは、「コレクションを代表する作品」を展示する空間に女性の作家の作品を数多く展示したことにある(正直に言えば、今回男女を同数にする配慮は不要で、女性の数を多くしてもよかったのではないかとは思った。これまで歴然とした格差があったのだから)。今回同室で紹介された女性の作家の名を挙げてみよう。小倉遊亀、上村松園、片岡球子、ジョージア・オキーフ、バーバラ・ヘップワース、甲斐仁代、三岸節子、芥川(間所)紗織、桂ゆき(ユキ子)、草間彌生[図2]。重要文化財に指定された女性作家は上村松園ただ一人であることも言及されてもよかっただろう。

図2 会場風景|左から芥川(間所)紗織《神話 神々の誕生》、桂ゆき(ユキ子)《ゴンベとカラス》|撮影:大谷一郎

さて、多くが過去に第1室で紹介されてきた作家・作品から選ばれているが、そのなかで甲斐仁代の名前そして作品は新鮮に映る。甲斐仁代は1902年佐賀県生まれで、1919年に女子美術学校西洋画科に入学し岡田三郎助に師事した画家だ。1923年に弱冠21歳で二科展初入選(女性の入選はこの時ただ一人だったそうだ)を果たし注目を集めたという。二科展を中心に活動し、旺玄社の同人となり、その後一水会に出品し会員となった。1925年に婦人洋画家協会、1933年に婦人美術協会の設立に参加し、1943年には女流美術家奉公隊に加わる。1963年に61歳で亡くなるが、女流画家協会展では女性画家の草分け的存在でもあるこの画家の名前を冠する賞が1969年から20年の間、女流画家協会賞に続く重要な賞として存在していたという。

図3 甲斐仁代《よりかかる像》1931年、東京国立近代美術館蔵

東京国立近代美術館は甲斐作品を3点所蔵している。《自画像》はこれまでに同館でも数度紹介されてきたが(企画展や他館での展覧会への出品歴も複数ある)、本展に展示された《よりかかる像》[図3]はこれまでほとんど展示されてこなかった作品だ。本作品の選出理由として、鶴見香織研究員とともに展示を担当された横山由季子研究員は「近代の女性画家による絵画には珍しく、モデルが男性であることに注目した」と教えてくれた。女性が描くのは女性か子ども、花や身の回りの静物が常であった時代に、固定化された関係性を、あるいは見る側の思い込みを軽やかに覆す本作は、絵の具の濃淡に幅のある筆致、線で対象をラフにとらえていく表現にも新たな息吹を感じることができる。

甲斐のような作家に目を向け、紹介していくこと。重要文化財が企画展示室から戻ってきた後も、これまでの「価値基準を問い直」す展示は続けられることだろう。今後どんな作品がこの部屋で紹介されるのか、そこからどのような語りが生まれるのか、楽しみにしたい。

※太字はすべて、第1室の章解説から

  1. リンダ・ノックリン「なぜ女性の大芸術家は現われないのか?」松岡和子訳、『美術手帖』407、1976年5月号、46–83頁(Linda Nochlin “Why have there been no great women artists?” ART News, January, 1971.)2023年3月、ARTnews JAPANで日本語訳(野澤朋代訳)が公開されている。リンダ・ノックリン著「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか?」Vol.1、Vol.2 https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/799; https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/815
  2. たとえば筆者が2022年度まで在籍していた福岡市美術館においても、「コレクションと展示のジェンダーバランスを問い直す」と題したコレクション展示を2021年に開催した(会期:5月18日–2022年5月29日)。同館ブログを参照。https://www.fukuoka-art-museum.jp/blog/15641/
  3. https://www.artmuseums.go.jp/corporate_info/gyoumu/chuki_keikaku
    https://www.artmuseums.go.jp/corporate_info/gyoumu/nendo_keikaku
    京都国立近代美術館と国立西洋美術館は「女性の作家の作品を(も)積極的に収集」することを明記している。

 


『現代の眼』638号

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