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天井から吊るされた5枚の巨大な木版画に、ヘルメットを被ってツルハシを持ち、法被に腹かけ、脚絆と草鞋という昔ながらの鉱夫の出で立ちをした労働者たちの姿が浮かびあがります。手前には、まるで墓石のようなコンクリートが置かれ、その上に、ところどころセメントが固まって付着した版木が載せられています。労働者たちは、墓堀人なのか、墓守りか、それとも墓に眠る者たちなのでしょうか。《セメント・モリ》というタイトルは、あのラテン語の警句「メメント・モリ(死を想え)」を連想させます。ここで想起することを促されている死について考えることが、作品を紐解く鍵になりそうです。
この作品は、2020年に無人島プロダクションで開催された風間サチコの個展「セメントセメタリー」1で発表されました。「セメントの墓地」を意味するタイトルを冠した同展は、2019年の黒部市美術館での個展「コンクリート組曲」2で発表した「クロベゴルト」シリーズに、新作の《セメントセメタリー》と《セメント・モリ》を加えて構成されました。「クロベゴルト」シリーズは、近代化の過程で、黒部川の自然を切り崩して進められた開発を、人間の支配欲を描いたワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』に重ねた6点組の版画作品です。《セメントセメタリー》では、石灰鉱山が墓標と化していくプロセスがフロッタージュで表現されました。この系譜に連なる《セメント・モリ》でも、自然を支配してきた人間のエゴがテーマとなっており、本作が呼び起こす死は、まずは人間の手で破壊された自然と言うことができるでしょう。
他方、この作品を、同じ主題の一連の木版画と異にしているのは、「捨てコン」から着想を得たコンクリートの土台です。コンクリートの原料であるセメントは、石灰岩を砕いて作られ、石灰岩は、数億年という地球の歴史のなかで、有機物の誕生と死滅の繰り返しによって生成されてきました。したがって、コンクリートはサンゴや微生物たちの眠る墓でもあります。また、この作品でもっとも存在感を放つのは、亡霊のように浮かぶ5人の労働者たちです。左右の4人は右手にドリルのようなものを装着しており、機械化に伴い加速した破壊行為を彷彿とさせる一方、中央の人物は胸の前で拳を握る姿に描き替えられており、開発の過程で犠牲になった名もなき数多の労働者たちの無念をも思わせます。版画が戦後の労働運動の伝播に寄与した歴史を思い起こしてもよいでしょう。
自然の死、有機物の死、労働者の死が重なり合う《セメント・モリ》は、風間の手による鋭い線刻と黒々とした刷りによって、近代社会の犠牲を私たちに突きつけます。
註
1 「風間サチコ セメントセメタリー」無人島プロダクション、2020年2月8日–3月8日
2 「黒部市美術館開館25周年 風間サチコ展 コンクリート組曲」黒部市美術館、2019年10月12日–12月22日
『現代の眼』638号
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