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現代の眼 教育普及 みんなでみると、みえてくる–教育普及の中核をなす「所蔵品ガイド」

端山聡子 (企画課主任研究員)

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「みんなでみると、みえてくる」は、東京国立近代美術館(以下、当館と記す)の鑑賞プログラム「所蔵品ガイド」の場で生まれる現象を端的に表したフレーズである。
「所蔵品ガイド」は、ボランティアであるMOMATガイドスタッフ(以下、ガイドスタッフと記す)が、一般の来館者を対象におこなうトークプログラムである。その手法は、作品をよく観察し、感じたことについて参加者のコメントを共有し、作品に内包される意味・内容を掘り下げていく、当館で対話鑑賞1と呼ばれる方法である。つまり、「情報提供は、鑑賞のゴールではなく、鑑賞を深めるためのプロセス」2という考え方のもと、ガイドスタッフがファシリテータとなって「双方向的・探究的」3な対話鑑賞をおこなっている。
当館の対話鑑賞は、米国のニューヨーク近代美術館で始まった対話型鑑賞(Visual Thinking Strategies, VTS)の手法をベースにしている。2022年8月に対話型鑑賞が日本の美術館などに広まった30年間を振り返り、検証するというフォーラムが東京国立博物館にて開かれた。フォーラムの内容をまとめた書籍4や対話型鑑賞についての研究書も刊行され、日本における対話型鑑賞の受容と展開が整理され、この手法の有効性が、課題も含めて再確認されたことは記憶に新しい。

さて、「所蔵品ガイド」は毎日、定時に実施され、当館の教育普及プログラムの中核を占める。そして、対話鑑賞の考え方と手法を使い、多様なプログラムが展開されている。
たとえば、小・中・高等学校、大学をはじめとする学校団体等の受け入れ時のギャラリートーク形式のプログラムはガイドスタッフが担当し、教員研修にも対話鑑賞が用いられる。企業のビジネスパーソンを対象とした「法人等に対する有料対話鑑賞プログラム」はガイドスタッフによる対話鑑賞のプログラムである。また、小学生対象の「こども美術館」や、幼児とその保護者を対象とする「おやこでトーク」は対話鑑賞に工作などのアクティビティを加えてガイドスタッフが企画を担う。また、ガイドスタッフとは別に活動する英語ファシリテータによる「Let’s Talk Art!」(英語プログラム)にも、対話鑑賞の手法が取り入れられている。紙媒体のセルフガイドの内容も対話鑑賞の援用といえるだろう。

3年以上にわたりコロナ禍による活動の休止や制約の中で、2020年から始まったウェブ会議ツールによる「オンライン対話鑑賞」は、「所蔵品ガイド」のオンライン版である。そして2023年5月に対面による「所蔵品ガイド」が参加人数の制限なしでようやく再開され、「Let’s Talk Art!」もこの11月より再開した。2023年12月現在、「所蔵品ガイド」および「オンライン対話鑑賞」を担当するガイドスタッフは全49人、選考を経て採用され、3ケ月程度の養成研修を受講して対話鑑賞について学んだ後、実践を重ねている。

コロナ禍のもと、ガイドスタッフ相互のコミュニケーションを図る機会と、対話鑑賞の核といえる、ともに作品をみて、語る機会そのものがやむなく縮減されていた。そのブランクを埋めるために、この12月にガイドスタッフと英語ファシリテータを対象にした研修会をおこなった。作品を隅々までみて、言葉で表して互いに共有する、まさに「みんなでみると、みえてくる」を体験する内容であった。対話鑑賞の理念と手法の重要性を鑑みると、当館で20年かけて育まれた双方向的・探究的な対話鑑賞への深い理解と多様な実践の取り組みは、教育普及プログラムの中核として、その質を維持しつつ、発展的に実施していく必要があるだろう。

  1.  VTS(Visual Thinking Strategies)の和訳は「対話型鑑賞」、「対話による鑑賞」などがあるが、当館では「対話鑑賞」としている
  2. 一條彰子「教育普及 コレクションと鑑賞教育」『現代の眼』613号、2015年8月
  3. 一條彰子「教育普及という仕事―東京国立近代美術館での25年をふりかえって」『現代の眼』637号、2023年3月
  4. 京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センター監修、福のり子他編集『ここからどう進む?対話型鑑賞のこれまでとこれから:アート・コミュニケーションの可能性』淡交社、2023年

『現代の眼』638号

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