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現代の眼 新しいコレクション マックス・エルンスト 《砂漠の花(砂漠のバラ)》1925年

長名大地 (企画課主任研究員)

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マックス・エルンスト
《砂漠の花(砂漠のバラ)》
1925年
油彩、鉛筆・キャンバス 
75.0×59.0cm 
令和5年度 購入

誰しも幼い頃、コインのうえに紙を押し当てて鉛筆で擦り出し、リアルな絵が浮かび上がる遊びを経験したことがあるのではないでしょうか。画家マックス・エルンストはコインの代わりに、板の木目や木の葉、貝殻、紐など主に自然の事物を用いて、そこに浮かび上がる不思議な形象を元に新たなイメージを創造しました。彼はこの技法を「フロッタージュ」(frottage)と名付け、1925年8月10日に発見した際のエピソードを残しています。 

ある雨の日、私は海岸のとある宿屋にいた。そこの床板を苛立って眺めていると、さんざん洗い流されて深い溝のできたその床板から妄想が生れ、視覚につきまとって私を驚かせたのである。私はそのとき、この妄想のシンボリズムを検討することにきめて、自分の瞑想と幻覚の能力をたすけるために、数葉の紙片を偶然にまかせて床板の面にならべ、試みにその上から石墨で探ることによって、一連のデッサンを獲得した。1

エルンストはシュルレアリスムを代表する画家の一人です。シュルレアリスムは、詩人アンドレ・ブルトンが主導した20世紀最大の芸術運動です。1924年に彼が発表した『シュルレアリスム宣言』には、「シュルレアリスム、男性名詞。それを通じて人が、口述、記述、その他あらゆる方法を用い、思考の真の働きを表現しようとする、心の純粋な自動現象(オートマティスム)。理性によるどんな制約もうけず、美学上ないし道徳上のどんな先入主からもはなれた、思考の書き取り」2とあります。当初詩の運動としてスタートしたシュルレアリスムでしたが、まもなくして絵画による実践も試みられるようになります。フロッタージュもその一つで、エルンストはこの技法の発明によって「絵が次々と生れてくるのを、観者として見ることに成功した」3と述べ、オートマティスムとの対応を示しています。
フロッタージュによる成果は、『博物誌』(1926)という34葉からなる作品集にまとめられ、そこには奇妙な魚や鳥、馬、人の眼(のような形象)の数々が収められています。《砂漠の花(砂漠のバラ)》は、この時期に描かれた作品です。縦長のキャンバスには、画面向かって左側に右手の人差し指を立てた女性像(らしき形象)、右側に崩れかかった壁、それらの背景に澄んだ空色が広がっています。細部に目を凝らすと、女性像の頭部や身体部分にはフロッタージュが試みられており、その一方で、女性像の左胸に添えられた赤いコサージュ(作品のタイトルとも関係がありそうです)は写実的に描かれており、一枚の絵の中でさまざまな表現を試みていることが見て取れます。ブルトンの主著『シュルレアリスムと絵画』(1928)等4にも掲載されてきた本作。シュルレアリスムの絵画において重要な作例の一つであると言えるでしょう。 

1 マックス・エルンスト『絵画の彼岸』巖谷國士訳、河出書房新社、1975年、15–17頁 
2 アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言/溶ける魚』巖谷國士訳、學藝書林、1974年、50頁 
3 エルンスト、前掲書、47頁 
4 André Breton, Le Surréalisme et la Peinture, Gallimard, 1928, p. 38. 左記の他、以下の文献等に掲載。La Révolution Surréaliste, no. 6, 1926. 田邊信太郎「千九百二十年以降の繪畫傾向」『みづゑ』302号(1930年4月)。アンドレ・ブルトン『超現實主義と繪畫』瀧口修造訳、厚生閣書店、1930年。Cahiers d’Art (ed.), Max Ernst, Oeuvres de 1919 à 1936, Paris, 1937. 


『現代の眼』639号

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