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現代の眼 教育普及 鑑賞のきっかけをつくる ―所蔵作品展の新しい試み―

佐原しおり(美術課研究員)×藤田百合(企画課特定研究員)

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図1 「ハイライト」展示風景|撮影:大谷一郎

佐原しおり(美術課研究員)
藤田百合(企画課特定研究員)
聞き手:花井久穂(企画課主任研究員)
2024年1月25日
東京国立近代美術館ミーティングルーム

花井:所蔵作品展4階の「ハイライト」のコーナーの雰囲気が変わりましたね(図1)。経緯などを教えてください。

佐原:「ハイライト」はコレクションの名品の魅力をダイジェストで紹介することを目的に、2012年に所蔵品ギャラリーの冒頭に設けられました。まさに所蔵作品展の「顔」となるコーナーを来館者の方々に気軽に楽しんでいただくため、今回は、当館の教育普及活動の蓄積をいかした内容にしました。作品選定の段階から教育普及室の藤田さんに加わってもらい、共同でプランを練っていきました。

花井:どんな展示になっていますか。

藤田:それぞれの作品のそばに、見どころや鑑賞の問いかけを示しています。いずれも、探す、観察する、考える、想像するといった、鑑賞者が能動的に作品と関わることを意識したものです(図2)。

図2 ジャン(ハンス)・アルプ《地中海群像》展示風景|撮影:大谷一郎
彫刻作品を自然に一周して鑑賞したくなるよう、足あとマークを設置

佐原:エデュケーショナルな視点を取り入れた展覧会は、全国各地の美術館ですでに行われていますが、所蔵作品展「MOMATコレクション」としては初の試みとなります。近現代美術の名品を紹介するという「ハイライト」の枠組みは維持しつつ、風景画や人物画などの作品のカテゴリーや、具象と抽象といったイメージのバランスをみながら、多様な見方ができるようなラインナップを考えました。

花井:どのようなところを工夫していますか。

藤田:問いかけは作品と鑑賞者をつなぐ役割を担っていますが、設問攻めにならないようなバランスを意識しました。問いかけは、その作品の特徴や魅力に気づいてもらったり、作品の細部に目をむけられる範囲にとどめました。他の展示室とゆるやかに溶け込むことを大切にしています。

佐原:所蔵作品展全体の雰囲気に合わせるため、デザイナーの守屋史世さんに会場のグラフィックとビジュアル・イメージのデザインをお願いしました。これらを効果的に配置することで、重厚感のある「ハイライト」の展示室をいつもより軽やかに見せることができたと思います。

花井:展示の見どころを教えてください。

佐原:川合玉堂《行く春》(図3)では、作品と一緒に画材を展示しています(図4)。この作品には緑青が多用されているため、緑青の顔料と色見本、そして顔料の元となる孔雀石(マラカイト)の実物を用意しました。粒の大きさや焼成によって色の濃淡や明るさが変わる緑青の特性を紹介することで、いつもと違う視点から絵画の色を見てほしいと思いました。

図3 川合玉堂《行く春》1916年 東京国立近代美術館蔵
図4 川合玉堂《行く春》顔料コーナー|撮影:大谷一郎

藤田:パウル・クレー《花ひらく木をめぐる抽象》のコーナーでは、これまでの所蔵品ガイド1や学校団体の参加者のコメントを紹介しています(図5)。鑑賞には色々な見方や感じ方があり、他の人の見方を受けて作品を見直すことで、印象が変わることがあるかもしれません。

図5 パウル・クレー《花ひらく木をめぐる抽象》参加者のコメント|撮影:大谷一郎

 展示室の問いかけは、鑑賞体験を深めるための補助ツールとして配布している印刷物「セルフガイド」2からピックアップしたものもあります。「セルフガイド」は主に子どもを対象にしているため、大人の方はあまり目にする機会がありませんが、対象年齢を限定することなく、鑑賞の入口にしてほしいと思いました。

花井:藤田さんが企画に加わることで、どのようなことが実現できましたか?

佐原:当館の事業にとどまらず、様々な教育プログラムの企画運営に携わってきた藤田さんと一緒に展示をつくることで、問いかけの内容や方法を洗練させ、シンプルかつ伝わりやすい構成にすることができました。

 普段の所蔵作品展では企画を担当する研究員が作品の解説文を執筆しており、既存の解説文を使用することもあります。今回の企画では、普段から鑑賞者と直接対峙する藤田さんに解説文を読んでもらうことで、発見も多かったです。

例えば、いつも掲示している原田直次郎《騎龍観音》(図6)の解説文では、日本近代美術史上の作品の価値や時代背景がコンパクトにまとめられていますが、鑑賞プログラムでは《騎龍観音》のイメージそのものの奇妙さや、モチーフに注目する参加者が多いことを知りました。そこで今回は、観音の持物などの具体的な内容に踏み込んだ解説に書き換えています。限られた文字数の中で何かを伝えるとき、スタッフの専門性によって情報の取捨選択が異なるということは非常に興味深く、今後も参考にしていきたいと思いました。

図6 原田直次郎《騎龍観音》1890年 寄託(護国寺蔵)

花井:反対に藤田さんはいかがでしたか?

藤田:佐原さんが教育普及活動に関心があり、その楽しさや必要性を感じていたからこそ、連携できた展示だったように思います。私は佐原さんの展示作品の選定や、選んだ作品が展示位置に適しているかどうかの見極め方といった企画のプロセスから学ぶことが多かったです。

花井:最後にお二人から、今回の展示についてメッセージをお願いします。

佐原・藤田:初めていらした方にとっても、所蔵作品展になじみのある方にとっても、少し時間をかけて作品をみるきっかけとなることを願っています。いつもと違う「ハイライト」を通して、作品の新たな魅力に気づいていただけたら嬉しいです。

1. 端山聡子「みんなでみると、みえてくる–教育普及の中核をなす「所蔵品ガイド」」『現代の眼』638号、2024年3月(2024年1月web掲載)

2. 東京国立近代美術館YouTube「鑑賞教材「MOMATコレクションこどもセルフガイド」

『現代の眼』638号

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