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近代美術展:近代洋画の歩み(西洋と日本)

印象派から戦後まもない時期のサロン・ド・メの作家に至る西洋近代絵画の発展の経過と、それに呼応するわが国の近代絵画、特に明治初期の高橋由一から昭和戦前期の前衛的な動向に至るまでの油彩画を中心とした洋画の展開の跡を比較しながらたどった。洋画の他に少数の彫塑を加え、西洋近代美術が日本近代にいかに影響を及ぼしたか、また日本近代美術がいかに独自のものを生み出したかをふり返った。なお、東都文化出版の〈近代美術叢書〉の1冊として『近代洋画の歩み:西洋と日本』が後日刊行された(1955年7月)。 開催概要 東京国立近代美術館 1952年2月1日‒4月15日(63日間) 55,704人(1日平均884人) 18.2×13.0cm(48),(34),18p. 182点 102人

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近代彫塑展:日本と西洋

明治以後の木彫と塑造が過去と現代、日本と外国との二重の対比の中からいかに発展したかを跡づけるために開催された。日本の部では高村光雲から戦後の柳原義達までの51人にラグーザを加えた107点が、西洋の部ではロダン、ブールデル、マイヨールらの国内にある名品35点が出品された。さらに中国、東南アジアの石彫25点が参考に出品され、ギリシャ美術の東漸をテーマとした図示パネルと平行して彫塑の系流を明らかにした。 開催概要 東京国立近代美術館 1953年6月27日-8月23日(50日間) 26,334人(1日平均527人) 18.4×12.9cm(56)p 157点 76人

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近代日本の美術:1945年以前 所蔵作品による全館陳列 開館30周年記念展 2

春に開催された「近代日本の美術:1945年以後」と対をなす展覧会で、第2部として所蔵作品のうち1907年の文展開設から第二次大戦終戦にかけての美術を展示した。通常の常設展示では200点程度の作品しか展示できないが、第1部と第2部あわせて600点以上の作品を展示し、当館の所蔵する名作をほぼすべて含むかたちで、近代日本美術の流れをかなり高い密度をもってたどれるものとなった。 開催概要 東京国立近代美術館 全館 1982年9月18日‒10月31日(38日間) 23,666人(1日平均623人) 26.0×19.0cm (32) p. 当館コレクションの成り立ちと性格 / 市川政憲 近代日本の美術展 数も質も名作ぞろい / 滝悌三 日本経済新聞 1982年9月25日 316点 183人 カタログ

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日本の型染:伝統と現代

日本における型染を通史的に概観しようとした企画である。国宝・重要文化財を含む奈良時代から明治時代までの作例を歴史資料として工芸館で展示し、これに各種の型紙資料も含めた。本展では、伝統的な型染の領域をさらに大きく広げた芹沢銈介、稲垣稔次郎をはじめとする近代作家から、新しい創作を試みようとする現代の作家たちの動きも紹介して、今日の型染の多彩な動向を示した。 開催概要 東京国立近代美術館 本館 工芸館 1980年6月20日‒8月3日(39日間) 28,885人(1日平均741人)本館 17,475人(1日平均448人)工芸館 11,410人(1日平均293人) 24.0×24.0cm (32), 144, (48) p. 日本の型染について / 杉原信彦 「日本の型染」展 自然で温和な装飾世界 / 滝悌三 日本経済新聞 1980年7月1日 [手帳]「型染」、柔軟、軽快に / 読売新聞(夕) 1980年7月2日 「日本の型染」展 手工芸見直す好企画 / 毎日新聞(夕) 1980年7月22日 214点 初代安藤広重 伊砂利彦 市川市兵衛 市川作兵衛 稲垣稔次郎 狩野吉信 鎌倉芳太郎 喜田寅蔵 児玉博 小宮康助 小宮康孝 小山保家 島田万喜男 清水幸太郎 鈴田照次 関口信男 芹沢銈介 玉那覇有公 中村勇二郎 古川喜兵衛 古川忠兵衛 古田重郎 松原定吉 松原与七 宮崎某 森義利 屋宜元六 弥蔵 柚木沙弥郎 四本貴資 / 30人

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新収蔵美術作品の展示:昭和53,54年度収蔵美術作品 絵画 水彩 素描 版画 彫刻 陶磁 染織 漆工

この展示は、1978、79(昭和53、54)年度に新たに収蔵された作品を紹介するもの。日本画では加山又造《雪》《月》《花》、安田靫彦《黄瀬川陣》など10点、油絵は岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》、ルソー《第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家たちを導く自由の女神》など46点、水彩・素描20点、版画71点、彫刻26点、陶磁は富本憲吉《色絵薊文角鉢》など5点、染織5点、漆工作品4点を展示した。 開催概要 東京国立近代美術館 1980年4月1日‒4月13日(12日間) 2,892人(1日平均241人) 25.7×19.0cm (16) p. 187点 53人

所蔵作品展 MOMATコレクション(2023.3.17—5.14)

2023年3月17日-2023年5月14日の所蔵作品展のみどころ MOMATコレクションにようこそ!  当館コレクション展の特徴を簡単にご紹介しておきましょう。まずはその規模。1952年の開館以来の活動を通じて収集してきた13,000点を超える所蔵作品から、会期ごとに約200点を展示する国内最大級のコレクション展です。そして、それぞれ小さなテーマが立てられた全12室のつながりによって、19世紀末から今日に至る日本の近現代美術の流れをたどることができる国内随一の展示です。 今期の見どころをご紹介します。4階の1~4室では、1階で開催中の「重要文化財の秘密」展にからめ、重要文化財ではない作品によって重要文化財を照らし出す企画を展開しています。また4階5室ではパウル・クレーの新収蔵品をお披露目し、3階10室では毎年恒例の「美術館の春まつり」を開催しています。昨年12月に開館70周年を迎え、次の10年を歩み始めた今期、過去の振り返りと将来の展望とを随所に盛り込んだコレクション展になっています。どうぞゆっくりお楽しみください。 パウル・クレー《黄色の中の思考》1937年 ※今会期に展示される重要文化財指定作品はありません。同時期開催の企画展「東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密」にてご覧いただけます。 展覧会について 展覧会構成4F 1-5室 1880s-1940s 明治の中ごろから昭和のはじめまで 「眺めのよい部屋」美術館の最上階に位置する休憩スペースには、椅子デザインの名品にかぞえられるベルトイア・チェアを設置しています。明るい窓辺で、ぜひゆったりとおくつろぎください。大きな窓からは、皇居の緑や丸の内のビル群のパノラマ・ビューをお楽しみいただけます。 「情報コーナー」開館70周年を記念してMOMATの歴史を振り返る年表と関連資料の展示コーナーへとリニューアルしました。年表には美術館の発展に関わる出来事のほか、コレクションの所蔵品数や入場者数の推移を表したグラフも盛り込んでいます。併せて、所蔵作品検索システムのご利用も再開します。 1室 ハイライト ジョージア・オキーフ《タチアオイの白と緑―ペダーナル山の見える》1937年 太田聴雨《星をみる女性》1936年 今回のハイライト、みなさんの目にどのように映るでしょうか。ほとんどを男性作家が占める重要文化財の作品が企画展に出品されているこの機会に、男女の作家を同数にして、当館の名品をご紹介しています。もちろん、作品は性別を前提として見られるものではないですし、点数を揃えただけで、ジェンダー・バランスの不均衡が是正されるわけでもありません。そもそも、ジェンダーを男女だけに分けるのも今やナンセンスです。しかしながら、近代美術の歴史において、男性作家や批評家の比重が圧倒的に大きかったのは事実であり、その中で醸成されてきた価値基準を問い直し、今後の調査研究や作品収集につなげていくための第一歩として、このような試みをしてみました。 開館70周年を迎えた当館は、これまでの収集と調査研究の蓄積を生かしつつ、これからの時代を見据え、長期的な視点のもと、過去の美術に対しても新たなアプローチをしていきたいと思います。 2室 重文作家の秘密 下村観山《木の間の秋》1907年 一階で開催中の「重要文化財の秘密」展にちなみ、今回この部屋では、重要文化財に指定された作品を生んだ重要文化財作家(略して重文作家)による他の作品を紹介し、作家や作品の評価の歴史にさらに一歩踏み込んでいただこうと思います。例えば、重文作品より知名度の高い作品があったりします。平福百穂の《荒磯》は、今日までに刊行された近代日本美術の画集や全集に掲載された回数に照らすと、彼の重文作品《豫譲よじょう》(永青文庫蔵、熊本県立美術館寄託、重文展での展示期間は3月17日–4月16日)をはるかにしのぐ人気を誇ります。重文にするかどうかを分けたのは、制作年が9年早い《豫譲》に、芸術的達成度の初発性と画壇への影響力の大きさを認めたからでした。 例えば、重文作品よりも近年注目を集めている作品もあったりします。同じく画集への掲載に照らすと、下村観山の《木の間の秋》は重文の《弱法師》(東京国立博物館蔵、重文展での展示期間4月11日–5月1日)に、1990年代以降の掲載数で差をつけています。これは90年代以降に明治時代後半における琳派ブームに関する研究が進み、実践例としてこの作品が注目されるようになったことが要因のひとつと考えられます。重文作品だけでは分からない重文作家の秘密を探ってみてください。 3室 からだをひねれば 荻原守衛《女》1910年撮影:大谷一郎 この部屋の中央に展示している荻原守衛《女》は、1910年の第4回文展に出品されて好評を博した、まさにその作品です。作者の絶作であるとともに、日本の近代彫刻を代表する傑作と評され、本作の石膏原型(東京国立博物館蔵)は重要文化財に指定されています(原型が指定されるという彫刻の複数性に関わる問題については、1階で開催中の企画展「重要文化財の秘密」をご覧ください)。 《女》の魅力は何よりも、螺旋を描いて立ち上がる構造表現の見事さにあります。そこで、荻原が敬愛したロダンのほか、身体のひねりによって動勢や生命感などを表した同時代の作品を集めました。ほんのわずかなひねりであっても、作品の持つ空間に動きや流れを生じさせていることがわかります。他の作品と見比べながら、《女》が傑作とされる理由、あるいは、それぞれの作品において採用されているポーズの理由について、頭をひねってみてください。 4室 《熱国之巻》の半年前 今村紫紅《「印度旅行スケッチ帳」より 印度風景》1914年 「重要文化財の秘密」展に出品されている今村紫紅の《熱国之巻》(東京国立博物館蔵)は、1914(大正3)年9月の展覧会で発表されました。その半年前、紫紅は、はじめてインドの地を踏み、異国の日常に興味をかきたてられていました。 紫紅の旅程は次のようなものだったと推定されています。船は2月26日に神戸港を出発し、門司、香港、シンガポール、ペナン(現・マレーシアのペナン州)、ラングーン(現・ミャンマー連邦共和国のヤンゴン)に寄港し、インドのコルカタに到着。コルカタから先はインド内陸部のガヤー、ブッダガヤにまで足を伸ばします。帰途は中国江南地方を漫遊して、帰国は5月末頃でした。日記も残してないのに旅程がこれだけ分かるのは、この《印度旅行スケッチ帳》の要所要所に地名が書き込まれているからに他なりません。 この作品を楽しむコツは三つあります。一つは、《熱国之巻》のどこにスケッチが利用されたか探すこと。二つめは、インターネットを利用して現地の今の景色と比べること。三つめは、画家の息遣いが生々しく伝わるスケッチを、そのまま楽しむことです。 5室 新収蔵&特別公開|パウル・クレー《黄色の中の思考》 パウル・クレー《黄色の中の思考》1937年 スイス生まれのパウル・クレー(1879-1940)は、日本でもたいへん人気のあるアーティストです。ドイツの造形学校バウハウス(1919-1933)で教師を務めた理論家(ワシリー・カンディンスキー、ヨハネス・イッテンなどはバウハウスの同僚です)、音楽的な表現(クレー自身、相当な腕前のバイオリニストでした)、晩年の天使のドローイング(谷川俊太郎さんの詩で知った方も多いでしょう)など、その多面的な魅力が人々を魅了してきました。 当館では、1987年に第一作目となる《花のテラス》を収蔵して以降、日本の近代美術に与えた影響の大きさから、最も重要な海外作家の一人としてコレクションを充実させてきました。2021年度に新たに収蔵した《黄色の中の思考》は、1970年代末以降、近年まで長く個人の手元にあり、ほとんど人目に触れることのなかった作品です。今回、この《黄色の中の思考》のお披露目として、当館が所蔵するクレー作品全15点と、クレーに関わりの深い作品を集めて紹介します。 3F 6室 戦争をいかに描くか 靉光《眼のある風景》1938年 戦後70年の節目を迎えた2015年、戦争の記憶を継承するための多くの試みが行われたことは記憶に新しいと思います。開館70周年を迎えた当館は、戦後、日本が主権を回復した1952年に開館しました。ここでは、日中戦争から、太平洋戦争を経て、主権回復までの15年あまりを、それぞれの時期に描かれた作品とともにたどります。画家たちは、ときに戦争記録画のように直接的に、ときに風景や動植物、人物に託して間接的に、戦争を描き出しました。一見すると戦争とは無関係な作品であっても、制作された年の時代背景に想いを馳せれば、画家たちが社会に向けた眼差しや彼らの心情が浮かびあがってくるでしょう。否応なく戦争に巻き込まれていった状況のなか、国家と個人、社会と芸術、非常と日常の狭間で矛盾や葛藤を抱えながら、画家たちがいかに戦争の様々な現実に向き合い、絵画に表現したのか、1点1点の前で、じっくり立ち止まってみてください。 7室 プレイバック「抽象と幻想」展(1953–1954) ※好評につき、7室のみで会期を延長いたしました。 古沢岩美《プルトの娘》1951年 戦後日本が主権を回復した1952年の12月1日に、当館は京橋で開館しました。このコーナーでは初期の重要な展覧会である「抽象と幻想 非写実絵画をどう理解するか」展(1953年12月1日~1954年1月20日)に焦点を当てます。「日本近代美術展 近代絵画の回顧と展望」で開館して以降、当館では近代美術を歴史的に回顧する展示が続いていました。1周年を迎えるにあたって行われた「抽象と幻想」展は、名品を並べるという従来型の展示とは異なり、同時代の作家を、特定のテーマの下で取り上げる新しい試みでした。批評家の植村鷹千代と瀧口修造を協力委員に迎え、「抽象」と「シュルレアリスム(幻想)」というモダンアートの二大潮流をめぐって構成された展覧会とは、果たしてどのような内容だったのでしょうか。7室では、残された資料や記録を元に制作した再現VRを投影しています。初期の実験的な美術館の実践を追体験してみてください。 8室 マスターズ 草間彌生《天上よりの啓示》1989年 東京国立近代美術館は、設立以来70年超の歴史の中で、100人を超えるアーティストの個展を企画してきました。開館翌年の1953年に開催した国吉康雄遺作展にはじまり、昨年の大竹伸朗展に至るまで、近代以降の美術の歴史の形成に足跡を残した国内外の作家を顕彰しています。既に収蔵している作家の個展を開催したり、テーマ展での紹介が個展につながったり、パターンは様々ですが、研究、展覧会の開催、そして収集は常に有機的に結びついています。ここでは、油彩画と彫刻を中心に、当館で個展を開催した国内作家の作品の中から、戦後から80年代までの所蔵品を紹介します。なお、ここに展示した巨匠たちの個展開催年は次の通りです。斎藤義重(1978)、若林奮(1987、1995)、荒川修作(1991)、辰野登恵子(1995)、村岡三郎(1997)、土谷武(1998)、草間彌生(2004)、河口龍夫(2009)、岡本太郎(2011)、イケムラレイコ(2011)、工藤哲巳(2014)、高松次郎(2014-15)、山田正亮(2016)、熊谷守一(2017)。 9室 奈良原一高「ヨーロッパ・静止した時間」 奈良原一高《「ヨーロッパ・静止した時間」より 秘密 ヴェネツィア、イタリア》1965年 2022年12月に開館70周年を迎えるにあたり、写真コレクションの展示では、昨年5月より、その歴史をふりかえりながら作品を紹介してきました。最終回となる今期は、近年収蔵した作品から、奈良原一高の「ヨーロッパ・静止した時間」を紹介します。奈良原の才能が注目されたのは、1956年の初個展「人間の土地」でした。初期作では、戦後の日本という、特異な歴史的状況にとりくんだ奈良原は、62年に渡欧、戦後の日本とはまったく異なる、重厚なヨーロッパ文明と対峙することになります。3年近い滞在の成果は、67年に出版された写真集に結実しました。2005年に病により活動を休止した奈良原は、その時点で主要作の多くについてプリント制作の基準となるセットを手元においていました。その散逸を防ぐため、当館では2008年度より収蔵に着手、約500点に及ぶその作品群は、当館の写真コレクションを代表するものとなっています。なかでも2020年度受贈の本作は、66年に当館で開催された「現代写真の10人」展の出品作でもあり、そこから半世紀を経てコレクションに加わることとなったのです。 10室 春の屏風まつり 船田玉樹《花の夕》1938年 例年、恒例の「美術館の春まつり」にあたるこの時期は、コレクション展でも春まつりということで、日本画を中心に桜や花にちなんだ作品を並べています。今年は特別に、桜や花にちなんだ屏風ばかりを、ガラスケースのコーナーに展示してみました。ところで、屏風を生活空間で使っている人は、近代以降は少数派でしょう。なのに画家たちが好んで屏風に描くのは、(1)画面が大きいから、(2)収納が便利だから、(3)屏風のジグザグの折れに独特の画面効果が望めるから、だと言えます。とくに(3)が面白くて、屏風の屈曲の効果によって奥行きや動きが生まれるのを、うまい画家はちゃんと計算に入れて描きました。そう、屏風はただの平面ではないのです。では実際にどんな奥行きや動きが生まれるのか。それを見て取るには、枝をひろげた樹木は初歩的かつ最適な主題です。今回この部屋では、絵のなかの春にひたると同時に、屏風のかたちの効果や、手前のコーナーでは展示壁の角をはさんで展示した児玉靖枝《ambient light ― sakura》の展示方法の効果をお楽しみいただきたいと思います。 2F 11室・12室 更新されるModern 鷹野隆大《「In My Room」より 長い髪がピンクの服にかかっている》2002年©Ryudai Takano, Courtesy of Yumiko Chiba Associates 開館70周年を迎えた当館が、2000年以降の20年あまりで収集した作品をご紹介します。 ここに展示する作品は、大きく二つに分類できそうです。一つ目は、イケムラレイコ、杉戸洋、加藤泉、三輪美津子、千葉正也、青木野枝、岡﨑乾二郎らによる、絵画や彫刻の主題や形式を拡張するような作品です。冨井大裕や髙柳恵里の、日常的なモノや行為の用途や視点をずらすことで、私たちの認識に揺さぶりをかける作品も、ここに含まれるでしょう。二つ目は、近代の歴史や現代社会に対する批評的な視点を持った作品です。生まれ育った地域の過去と現在に向き合うシュシ・スライマンや山城知佳子、病や老いを克明に描き出す木下晋、規範化されたセクシュアリティの在り方を問う鷹野隆大、多様な背景をもつ人々の歌う姿を捉えた兼子裕代らの作品が当てはまるでしょう。19世紀末にはじまる近代美術のコレクションを起点とする当館が、21世紀に入り、現代の作家たちとともに、どのようにそれを更新していくのか、これからの展開にもご注目ください。 開催概要 東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー(4F-2F) 2023年3月17日(金)-2023年5月14日(日) 10:00-17:00(金曜・土曜は10:00-20:00) 入館は閉館30分前まで 下記日程は開場時間を20:00まで延長いたします。(最終入場19:30) 5月2日(火)~7日(日)、5月9日(火)~14日(日) ※5月8日(月)の開場時間は17:00までとなります。(最終入場16:30) 月曜日(ただし3月27日、5月1日、8日は開館) 会場では当日券を販売しています。会場の混雑状況によって、当日券ご購入の列にお並びいただいたり、入場をお待ちいただく場合がありますので、オンラインでの事前のご予約・ご購入をお薦めいたします。 ⇒e-tix から来館日時をご予約いただけます。 お電話でのご予約はお受けしておりません。 障害者手帳をお持ちの方は係員までお声がけください。(予約不要) 観覧無料対象の方(65歳以上、高校生以下、無料観覧券をお持ちの方等)についても、上記より来館日時をご予約いただけます。 一般 500円 (400円) 大学生 250円 (200円) ( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。 5時から割引(金曜・土曜 :一般 300円 大学生150円) 高校生以下および18歳未満、65歳以上、「MOMATパスポート」をお持ちの方、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。 キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。

青木野枝《雲谷2018–Ⅰ》2018年

青木野枝(1958–)《雲谷2018–Ⅰ》2018年、鉄、207.0×163.4×150.0 cm、令和3年度購入、撮影:大谷一郎 厚みのある鉄板の上に、いくつもの円形を石筆で描き込み、バーナーでそれらをくり抜き、溶接して組み上げる。かつて青木野枝の公開制作を見て、編み物のように線が反復しながら構築されていく様に魅了されたのを覚えています。線描がそのまま彫刻になることの驚き。点や線や面であったものが重力に逆らって起き上がり、飛躍的に空間化するのです。青木による空隙の多い彫刻は、素材を露わにしながらも、鉄に備わっていたはずの荒っぽい質感、強固な厚み、ずっしりした重量からすっかり自由です。それはいわゆる構成彫刻の原理——モデリング(塑像)やカーヴィング(彫像)によって量塊を表すのではなく、接続によって遠心的に伸びていく——が導き出す最たる特徴です。 青木は、1970年代末の学生時代から鉄を素材に選びつつ、光や水蒸気といった、鉄とは対照的な、質量を持たないものや移ろいゆく現象をモティーフとしてきました。ここで、光や水蒸気を表すことを目的としているというより、制作のプロセス自体がそれらのモティーフを想起させる点が重要でしょう。青木の作品を見ていると、平面/立体、大/小、軽/重、剛/柔、粗/密といった分け隔てが留保され、その境界を行き来するように感じられるのですが、それはもともと、制作の方法に織り込まれていた特徴なのです。手元のドローイングから彫刻への変身。制作過程と作品体験が合致し、作品を見ることがそのまま、作品の成立原理に立ち会うことになる。これこそが青木の作品のおもしろさではないでしょうか。   2002年から始まる「雲谷」シリーズに関して、作者は次のように語ります。「雲谷(もや)とは青森にある山の名前です。彫刻を設置した後、周りは霧のような靄がかかり先が見通せないくらいになった。けれど山を降りると町は晴れているのです。その時、もやのような彫刻をつくりたいと思った」1、「空気中の水蒸気のように、あるいは、放射能のように、見えないものを積んでいきたいと思った」2。特定の環境でしか現れない出来事や「積んでいく」というプロセスが念頭に置かれていることは示唆的に思えます。「雲谷」というタイトルは、かつて滞在制作した山の名に因むとともに、靄の意であり、同時に煙などが立ち込める様を指す擬態語「もやもや」も含意するでしょう。周囲の空間を取り込みながら、もやもやと伸び上がる構成彫刻の運動的な妙味をお楽しみください。 註 「作家のことば」『青木野枝 ふりそそぐものたち』展図録、長崎県美術館、2019年、60頁 「「熊と鮭に」を終えて」『雲谷–Ⅱ』展パンフレット、熊玉スタジオ、2003年 『現代の眼』638号

竹内栖鳳《日稼》1917年

竹内栖鳳(1864–1942)《日稼》1917年絹本彩色・軸装210.5×88.5cm令和4年度購入 《日稼》は、2013年に当館で開催した竹内栖鳳展に、ほとんど100年ぶりに出品され注目を集めました。今年収蔵が叶い、2022年10月12日から12月4日までMOMATコレクション展の第10室で公開しています。この作品が一見栖鳳らしくないのは最初から織りこみ済みでした。栖鳳本人が「批評されん為めに出品したのである」「私共のやうに鑑別ではねられる心配のない人は、時々こんな変った試験をやって、世に問ふ必要もあると思った」(『太陽』1917年11月、以下の引用も同じ)と言っています。 では、本作はそれまでの栖鳳作品と具体的にどこが違うのでしょうか。栖鳳が挙げたのは次の2点でした。(1)奥に金箔を押したら強くなってしまい、釣り合いをとろうと全体を濃く描きこんだこと。(2)娘を描くのに線を使わず色と模様で丸さを出そうとしたこと。 それ以外にも例えば、(3)労働者が描かれていること、(4)一見してポーズがわかりにくいこと、(5)描きこまれたモチーフがやたらと多いこと、(6)たくさんのモチーフが奥に向かって次々と重なり奥行きを作り出していること、なども、他の栖鳳作品に見られない特徴でしょう。つまり、本作には栖鳳が一度しか試さなかったような新機軸が、ぎっしりと詰まっているというわけです。 この作品の構想をどこから着想したかについても、栖鳳の言を聞いておきましょう。曰く、東本願寺のお茶所の夏の午後、喉をうるおす日稼娘の背後に、後光の輝く阿弥陀如来の軸が掛かっていたのを見て、聖俗の取り合わせを思いついた。そのお茶所での場面は「嘗て欧州を漫遊した時、伊太利の或る寺で見た古画」を思い出させたのだと。 栖鳳がイタリアの寺院で見たのはどんな作品だったのか。想像するに、神聖な場面の両脇に世俗の人物、例えば寄進者像などが添えられた、そんな作品だったのではないでしょうか。本作の娘のポーズが、祈りを捧げるよくあるポーズにちょっと似て見えるのは、そうした印象も持たせようと意図してのことだと思えるからです。 実際には、娘は左手に湯呑を持ち、帯にはさんだ紺色の手ぬぐいを右手でつまんで額の汗を拭っています。普通に見たら当代の社会の片隅を描いた作品です。後年、日本画家の鏑木清方が、生きた社会を描く「社会画」(清方の造語)を唱えたとき、一例として挙げたのが本作でした(『文芸』1934年7月)。 『現代の眼』637号

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棟方末華

小雨ふる吉野

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