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黒田清輝展

日本洋画の先覚者たる黒田清輝(1866‒1924)の30周忌に当たり、彼の遺志により創立された東京国立文化財研究所(もとの美術研究所)の協力により開催された。フランスに渡り画家を志した初期の習作から、晩年の小品に至るまでの代表作を網羅し、生涯の発展経過をたどるに充分な内容の作品が集められ展示された。また、彼がフランスで師事し、外光主義の強い感化を受けたラファエル・コランの作品をも参考出品した。 開催概要 東京国立近代美術館 1954年7月8日‒7月27日(17日間 24,949人(1日平均1,468人) 東京国立文化財研究所 25.9×18.3cm(6)p 137点 黒田清輝 ラファエル・コラン/2人

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大正期の画家

特定の時代に焦点を合わせ、絵画を通じてその時代を物語らせようとする最初の試みである。大正時代は、明治末期以来の西欧文化の移入による爛熟と、1923(大正12)年の関東大震災や経済界の変動に基づく不況という不安要素とがうらはらになり、民衆の社会や政治へのめざめもある、短いながらも変化に富む充実した時代であった。こうした時代の雰囲気が、洋画、日本画のみでなく版画や雑誌表紙の下絵などの資料を通じて伝えられた。 開催概要 東京国立近代美術館 1954年5月1日‒6月6日(32日間) 14,451人(1日平均452人) 25.9×18.3cm(6)p. 88点 53人

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近代の肖像画

近代日本の絵画をジャンル別に絞って各論的に考察する展覧会として最初のもので、本展では近代の肖像画の中で主に知名人をモデルにしたものや、多くの自画像を出陳した。写真が発明されてから、肖像画はモデルにただ似せるだけでは不十分となり、画家とモデルとのそれぞれの個性が複合したところに表現の要点が移ったが、それをみるのがこの展覧会のねらいである。なお、各モデルについて簡単な解説をつけ、鑑賞を助けた。 開催概要 東京国立近代美術館 1954年1月26日‒3月10日(37日間) 19,551人(1日平均528人) 26.0×18.3cm(6)p. 123点 62人

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フランシス・ベーコン

ダブリン生まれで20世紀の英国を代表する画家であるフランシス・ベーコン(1909‒92)の日本初となる本格的な回顧展。歪められた身体、叫ぶ顔、シンプルな枠組が生み出す入り組んだ空間表現など、ベーコンの特徴をよく示す、1945年から1982年までの作品45点が展示された。本展の実現に際しては、ブリティッシュ・カウンシルの公的援助とマールボロ画廊の全面的な協力の寄与が極めて大きな意味をもったが、ベーコンの来日自体は叶わなかった。その理由は風邪と伝えられる。なお本展は京都と名古屋に巡回した。 開催概要 東京国立近代美術館 1983年6月30日‒8月14日(40日間) 42,766人(1日平均1,069人) 27.0×24.0cm (111) p. フランシス・ベーコン / ローレンス・ゴーイング フランシス・ベーコンについて / 市川政憲 フランシス・ベーコン展 生の空虚と生臭さ暗示 / 滝悌三 日本経済新聞 1983年7月5日 「フランシス・ベーコン」展に寄せて 現代世界の悲劇性えぐる / 大岡信 東京新聞(夕) 1983年7月21日 [美術]フランシス・ベーコン展 視野の“奥”描き不意を打つ動態 / 田中幸人 毎日新聞(夕) 1983年7月29日 フランシス・ベーコン展 「見る」欲望かきたてる迫力 / 米倉守 朝日新聞(夕) 1983年8月3日 フランシス・ベーコン展 “生きる幻想”の肉体 / (川) 読売新聞(夕) 1983年8月4日 [Art News]フランシス・ベーコンの正体 / 色川武大 藝術新潮 34-8 1983年8月 45点 フランシス・ベーコンの芸術 / アラン・ボーネス(テート・ギャラリー館長) 東京新聞 ブリティッシュ・カウンシル

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ピカソ展:その芸術の軌跡

画家の孫娘マリーナ・ピカソのコレクションから選んだ188点(いずれも日本初公開)を主体に、アメリカとソビエト連邦の諸美術館が所蔵する油彩画の重要作18点(基本的に青の時代からキュビスムまで)を加えて構成された。油彩・彫刻・水彩・素描・画帖など総計206点の出品作により、ピカソの幼年期から最晩年までの旺盛かつ多面的な創作活動が眺望できる内容となった。 開催概要 東京国立近代美術館 1983年4月2日‒5月29日(50日間) 295,742人(1日平均5,915人) 24.0×21.5cm (346) p. 「ピカソとその時代」:破壊と持続 / ヴェルナー・シュピース ピカソと空虚 / 本江邦夫 ピカソと《ラ・ヴィ(生)》 / 市川政憲 ピカソ展 “生”の芸術化の軌跡 / 滝悌三 日本経済新聞 1983年4月26日 [美術]ピカソ展 マリーナ・コレクション加え 芸術の全過程構成 / 加藤貞雄 毎日新聞(夕) 1983年5月4日 [点描]東京国立近代美術館「ピカソ展」 初公開作品集め高い密度 / 朝日新聞(夕) 1983年5月25日 [展覧会評]ピカソ展 / 難波英夫 アトリエ 677 1983年7月 206点 読売新聞社

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抽象と幻想:非写実絵画をどう理解するか

歴史的な回顧の性格をもつ展覧会ではなく、同時代の動向に目を向けた最初の企画。当時の日本における前衛的な傾向として、二つの主流を形成していたシュルレアリスムとアブストラクトを系統立てて整理し、展覧会の副題が示すように、いわゆる「分りにくい新しい絵」を理解させるように努めた。観客の理解を深めるため、各作家に自作に関するコメントを寄せてもらい、また写真や図表などのパネルもまじえて二つの潮流を解説した。なお、東都文化出版の〈近代美術叢書〉の1冊として『抽象と幻想』が後日刊行された(1955年6月)。 開催概要 東京国立近代美術館 1953年12月1日‒1954年1月20日(38日間) 16,657人(1日平均438人) 25.9×18.3cm(6)p. 91点 88人

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四人の画家:中村彝 小茂田青樹 萬鉄五郎 土田麦僊

この企画は、物故作家の中から4人を選び、その業績を見直すとともに、近代美術史上における位置と、近代美術家の系譜を再検討しようとしたもので、以後シリーズ展として継続される。第1回は、洋画では大正期に深い精神性を湛えた人物像を描いた中村彝(1887‒1924)と個性的な造形上の実験を続けた萬鉄五郎(1885‒1927)、日本画では大正から昭和初期にかけて写実に基づきつつ装飾性を加えた独自の様式を確立した小茂田青樹(1891‒1933)と土田麦僊(1887‒1936)を取り上げた。 開催概要 東京国立近代美術館 1953年10月10日‒11月25日(40日間) 中村彝・小茂田青樹:10月10日‒11月1日 萬鉄五郎・土田麦僊:11月3日‒11月25日 17,260人(1日平均432人) 中村彝18.3×12.9cm(36)p. 小茂田青樹18.3×12.9cm(15)p. 萬鉄五郎・土田麦僊18.3×12.9cm(23)p 255点 中村彝 小茂田青樹 萬鉄五郎 土田麦僊/4人

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現代写真展:日本とアメリカ

ニューヨーク近代美術館(写真部長:エドワード・スタイケン)の協力を得て、アメリカの現代写真家30名と日本の第一線写真家72名との作品をあわせ展観。写真の広汎な機能を自覚しながら、写真ならではの新しい視覚を創造しようとする芸術表現の現況を示した。日本側の出品写真の選定には伊奈信男、板垣鷹穂、金丸重嶺の協力を得た。この展覧会は大阪にも巡回され、当館初の地方進出を試みた。 開催概要 東京国立近代美術館 1953年8月29日‒10月4日(32日間) 22,505人(1日平均703人) 24.9×18.4cm(84)p 214点 102人

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近代日本絵画展:日本画の流れ(系譜と展開)

近代の日本画になお生き続ける伝統的な表現法を、大和絵、漢画、琳派、円山四条派、南画、風俗画など伝統諸派との関係を軸に考察し、さらに現代日本画の新傾向も加えてその展開を探った。《鳥獣戯画》《信貴山縁起》などの古典作品を参考出陳し、近代美術館が現代のもののみを展示するのではなく、古来より日本で育まれ独自の発達を遂げてきた絵画の流れと将来への展望の中で、近現代の美術を捉えていくという立場を表明した。なお、東都文化出版の〈近代美術叢書〉の1冊として『日本画のながれ』が後日刊行された(1955年4月)。 開催概要 東京国立近代美術館 1953年5月12日‒6月21日(36日間) 34,198人(1日平均950人) 18.4×12.9cm(73)p 104点 67人

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世界のポスター展

日本におけるポスターの国際的な展覧会として戦後初めての企画で、スイスをはじめ、フランス、イタリア、アメリカ、中国、インドなど世界各国から屈指のポスター約150点と日本の代表的作例約100点を展示したこの展覧会は、商業美術においてポスターがいかに大きな機能を発揮するかを示した。また、丹下健三と猪熊弦一郎による金属管を縦横に這わせた斬新な展示構成は、展覧会の形式に新機軸を打ち出した。 開催概要 東京国立近代美術館 1953年4月18日‒5月5日(15日間) 17,947人(1日平均1,196人) 26.0×18.4cm(8)p. 257点 154人

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