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連載企画「カタログトーク#3|〈座談会〉「女性と抽象」展と「フェミニズムと映像表現」 展」
展覧会に伴って発行される展覧会カタログ。豊富な図版や解説、最新の研究成果を踏まえた論文、文献一覧、年譜、意匠を凝らしたデザインなどなど、単なる展覧会の記録にとどまらない貴重な資料です。このコーナーでは展覧会カタログの制作に関わった方々にこだわりのポイントや制作秘話を伺いながら、その魅力を掘り下げていきます。 出席者:鈴木晴奈(デザイン)小川綾子(東京国立近代美術館研究補佐員)小林紗由里(東京国立近代美術館研究員)森卓也(東京国立近代美術館研究補佐員)横山由季子(東京国立近代美術館研究員)堀田文(東京国立近代美術館研究補佐員)※撮影聞き手・構成:長名大地(東京国立近代美術館主任研究員)-2024年12月6日(金)東京国立近代美術館ミーティングルーム 「女性と抽象」展とカタログ 長名:本日はお忙しいなか、お集まりいただきありがとうございます。展覧会担当の皆さん、カタログのデザインを担当された鈴木さん、どうぞよろしくお願いいたします。『現代の眼』の連載企画「カタログトーク」の第3回目としまして、コレクションによる小企画「女性と抽象」展(2023年9月20日–12月3日)と、「フェミニズムと映像表現」展(2024年9月3日–12月22日)で会場配布された2冊のカタログについてお話をお聞きできればと思っております。 一同:よろしくお願いします。 「女性と抽象」展のカタログ(左)と「フェミニズムと映像表現」展のカタログ(右) 長名:いずれも女性のアーティストを取り上げた展覧会ですが、会場で手に取れなかった方も、PDF版が当館ウェブサイトからダウンロードできますので1、今回まとめてお伺いできればと思っております。まず「女性と抽象」展の企画に至った経緯について簡単にお話いただけますか。 小川:詳しい経緯は、Tokyo Art Beatさん2の記事を読んでいただければと思いますが、少し展示を企画する前からお話をさせていただくと、私は2020年3月にコレクション部門の広報に着任したのですが、コロナ禍真っただ中でした。すぐに美術館が臨時休館になって、コレクション展の広報活動ができなくなりました。一方で、翌年に開館70周年を迎えることから、ウェブサイトのリニューアルの話も出ていて、ウェブサイトを充実させるために、国内外の美術館でどのような取り組みをしているかリサーチしていました。そのなかで、女性のアーティストを取り上げる展覧会が数多く組まれていることを実感しました。 (左から)小川綾子研究補佐員、小林紗由里研究員、森卓也研究補佐員 長名:そのなかで特に記憶に残っている展示はありますか。 小川:ニューヨークのホイットニー美術館で開催された「Labyrinth of Forms: Women and Abstraction, 1930–1950」(2021年10月9日–2022年3月13日)です。この展覧会は、自館のコレクションを元に、地域の女性のアーティストにも注目するという企画展でした。この展示が記憶に残っていて、当館でも女性のアーティストと抽象美術を対象とした展覧会ができたらと思っていました。 横山:この企画の提案があった頃、ちょうど私たちも着任し、小川さんの発案を元に、小川、小林、佐原しおり、堀田、松田貴子、横山の6名で担当することになりました。 (左から)鈴木晴奈さん、横山由季子研究員 長名:デザイナーの鈴木さん、これまでどのようなお仕事をされてきたか教えていただけますか。 鈴木:2021年に独立して、Design Studio hareを立ち上げたのですが、それまでは林琢真デザイン事務所に在籍していました。独立後、美術館関係で最近のお仕事ですと、軽井沢安東美術館のミュージアムグッズや館内パンフレット、福岡県立美術館レター「とっぷらいと」、同館の「久留米絣と松枝家展」(2024年10月12日–12月1日)の広報物、MOA美術館での「光琳 国宝「紅白梅図屏風」×重文「風神雷神図屏風」展(2024年11月1日–11月26日)のチラシやポスターなどのデザインを手掛けさせていただいております。 長名:カタログについては、横山さんから依頼があったと伺っております。デザインの依頼を受けられるとき、いつもどのようなことを意識されていますか。 鈴木:クライアントの想いやイメージをしっかりとビジュアルで表現することはもちろんですが、それが社会に出たときにどのように作用するのか、受け取る人たちのことも考えながら、ゴールを気にしてデザインすることが多いです。作風については、綺麗とか、品があると言っていただけることが多いですが、制作するときは、自分のアイデンティティや作風はほとんど気にしていないです。ただ、必要なものだけを残すということを意識しているので、必然的にすっきりしたデザインになることが多いのかもしれないです。 長名:今回は「女性と抽象」というテーマでしたが。 鈴木:「女性」という強いワードがつけられていることから、私なりに女性について考え、デザインの構想をしました。この展覧会は3章で構成されるというお話を伺ったので、紙のサイズを変えて3段構成にしようと思いました。実は最初に提案したデザインでは、赤を基調としていました。女性のアーティストが虐げられていた環境のなかでも団結して取り組む力強さを表現しようと。ただ、ちょうど同じ時期に「プレイバック「抽象と幻想」(1953–1954)」展(2022年10月12日–2023年2月5日)の配布物も赤と黒を基調としたデザインだったことを知って違う色合いのほうがいいだろうと再考しました。 長名:そうだったのですね。 鈴木:そこで色については、なにかしら意味をもってしまう色を避けて、地の色はグレーなどのモノトーンでという話になったんです。それで、まずはモノトーンの配色だけで作り始めてみたものの、なにかしっくりこなくて。そこで試しにピンクを入れてみたんです。女性の強さはじわーっと広がるようなイメージがあって、それでこのピンクに、シルバーを加えたグラデーションにしました。 小川:サイズについては、最初にカバンのなかに入れて持ち運んでもらえるようなものにしたいとお伝えしていました。この3段仕様は難しかったのではないでしょうか。 鈴木:中綴じ部分の針金のピッチを変える必要がありました。印刷会社さんにお聞きしたことですが、中綴じの針金は定型のピッチがあり、今回そのピッチで綴じてしまうと、1番手前の短い紙が破れてしまう可能性があると。なので、針金の位置を少しずらして、破れないように調整してくださっています。また、3段になっている部分の幅についてもずいぶん検証しました。あまり幅を狭めてしまうと立体感が失われ、逆に広げすぎるとテキストが収まらなくなるので、そのあたりのバランスを見ながら決めました。全体的に品のある作りを意識し、扉は全面シルバー、作品ページは白地できちんと作品が目に入るようなレイアウト、最初と最後のページに黒をもってきて全体のメリハリも意識しました。 横山:カタログには、作家の略歴や参考文献も含めました。女性のアーティストは文献が限られている方もいるので、必ず1作家1点参考文献を挙げています。その他、座談会も。 鈴木:座談会の部分は、作品や、参考文献とも異なるテキストなので、デザインでそれがわかるように、ノドのところにピンクのグラデーションを入れています。 長名:文字情報が多いはずなのに、コンパクトにまとめられていますよね。 堀田:「女性と抽象」展の企画に際して、リサーチを進めるなかで、過去に行われた女性のアーティストに関する展覧会カタログを参照しました。でもそれは、このようにカタログという形でちゃんと残っているからできるわけで、形として残っていることの意義はすごくあると思っています。 「フェミニズムと映像表現」展とカタログ 長名:続いて「フェミニズムと映像表現」展の企画経緯についてお話しいただけますか。 小林:この展覧会を企画した直接的なきっかけは、2022年度に遠藤麻衣さんと百瀬文さんによる映像作品《Love Condition》(2020年)が収蔵されたことが挙げられます。コレクション展を担当するなかで、フェミニズムの思想と結びついた作品を日本美術史のなかに、きちんと位置づけられたらと考えていました。コレクションを調べていくなかで、なかなかフェミニズムの問題に関連する作品が見当たらないと思っていたのですが、ヴィデオ・アートがあるなと。2009年に当館で開催された「ヴィデオを待ちながら:映像,60年代から今日へ」展(2009年3月31日–6月7日)では、女性のアーティストによる映像作品も多数取り上げられていました3。限られた所蔵品のなかで通史的に提示することは難しいのですが、映像作品から紡ぎ出されるキーワードで作品の間を結びつけながら、ゆるやかに時代の流れを辿れるようにできないかと考えるようになりました。 横山:「フェミニズムと映像表現」展は、「女性と抽象」展のような章立てではなく、キーワードを用いていますが、それは、作品同士の重なりをゆるやかに示すことを意識してのことでした。 森:キーワードを選択する過程では、フェミニズムありきでキーワードを列挙するのではなく、映像表現というジャンルの特性と密接に結びつくようなフェミニズム関連のキーワードを意識しました。 長名:そこで「マスメディアとイメージ」「個人的なこと」「身体とアイデンティティ」「対話」といったキーワードが考案されたということですね。カタログの色を青にしたのはどのような理由からでしょうか。 鈴木:最初、小林さんからはブラウン管のRGBのような柄と色というオーダーをいただいたのですが、前回のデザインを踏襲することを踏まえると少し難しくて。映像というと、青というイメージがあり、前回とトーンを合わせた青にして提案してみたら、これは良いのではないかと、皆さんにご賛同いただけました。前回と異なる部分として、章立てがなかったり、座談会がなかったり、映像作品のため複数画像を収めるなどの違いはありましたが、構成については、皆さんと台割を相談するなどして、わりとすんなりと進みました。 長名:特にこだわった個所を教えていただけますか。 鈴木:たとえば、細かいですが、表紙の「フェミニズム」という文字。他ではリュウミンという書体を使用していますが、実はここだけ別の貂明朝という書体を使っています。同じ書体を使うと、すっきりと見えすぎて文字のイメージと合わなかったためです。それと、カタログ内の「フェミニズム」の見出し部分も、細長い判型のためか、そのままだと文字も細長く見えてしまって、少し文字を太らせています。 小川:表紙でいうと、この文字の配列も相談しましたよね。 鈴木:そうでしたね、たしか3パターンくらい作った気がします。グラデーションのなかに文字が浮かび上がるような、このレイアウトが投票で選ばれました。「フェミニズムと映像表現」展の表紙もグラデーションになっていますが、実は細かく色指定をしています。 長名:細かい指定をしないと、このグラデーションは出せないということですね。 鈴木:これも後から印刷会社さんに聞いたのですが、刷版の作り方から変える必要があったそうです。通常よりもインクの粒の大きさを、かなり小さくするといった工夫をしてくれています。これは、粒を小さくすることでインクが紙に乗る面積が増え、なだらかなグラデーションを表現するためです。ただこの方法の欠点が、たくさんインクが乗る分、カラーの出方が、やや彩度が上がることです。それによって、最初の色校正で青色の彩度が強く出てしまいました。その後、印刷会社さんが手作業で何パターンも出力をテストして、そのなかから良いものを提案してくださったので、前回との統一感もちゃんと出たと思っています。 横山:実はカタログだけでなく、会場に掲出している鑑賞のためのチャートのデザインも鈴木さんにお願いしています。 「フェミニズムと映像表現」展の鑑賞のためのチャート 長名:カタログ以外のデザインも手掛けられていたのですね。「フェミニズムと映像表現」展は会期を延長することになったんですよね。見どころなどありましたら。 小林:はい、いくつか作品を入れ替えることになりますが、「所蔵作品展 MOMATコレクション」(2025年2月11日–6月15日)でもご覧いただけることになっています。たとえば、キムスージャの《針の女》(2000–01年)は、当館では3回目の展示になるのですが、ギャラリー4の間取りも過去から変わっており、今回の展示に向けて、改めてキムスージャスタジオに投影方法について確認をして、センチ単位での指定を受けて設置をしています。指示通りにすると本当に雑踏のなかにいるかのような感覚になって、彼女の映像作品のクオリティの高さを再認識しました。 横山:今回出品した1970年代の作品の多くは、国内外で既に製造が終わっているブラウン管テレビで展示しています。今後、同じように展示できる保証はないので、機器にも注目してほしいところです。 長名:フェミニズムという側面以外にも、注目すべき点がたくさんありますね。皆様、本日は貴重なお話をありがとうございました。今後も楽しみにしております。 註 当館ウェブサイト内の「コレクションによる小企画 女性と抽象」(https://www.momat.go.jp/exhibitions/r5-2-g4)、および、「コレクションによる小企画 フェミニズムと映像表現」(https://www.momat.go.jp/exhibitions/r6-2-g4)を参照。 福島夏子、菊地七海(構成)「インタヴュー 東京国立近代美術館はなぜ「女性と抽象」展を開催するのか。コレクションにおける女性の作家の再発見とジェンダーバランスについて担当者に聞く」Tokyo Art Beat、2023年10月20日(https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/women-and-abstraction-interview-202310)。 ダラ・バーンバウムやリンダ・ベングリス、ジョーン・ジョナスなどの作品は、同展をきっかけに収蔵に至った。 『現代の眼』639号
マックス・エルンスト 《砂漠の花(砂漠のバラ)》1925年
マックス・エルンスト 《砂漠の花(砂漠のバラ)》 1925年油彩、鉛筆・キャンバス 75.0×59.0cm 令和5年度 購入©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 X0306 誰しも幼い頃、コインのうえに紙を押し当てて鉛筆で擦り出し、リアルな絵が浮かび上がる遊びを経験したことがあるのではないでしょうか。画家マックス・エルンストはコインの代わりに、板の木目や木の葉、貝殻、紐など主に自然の事物を用いて、そこに浮かび上がる不思議な形象を元に新たなイメージを創造しました。彼はこの技法を「フロッタージュ」(frottage)と名付け、1925年8月10日に発見した際のエピソードを残しています。 ある雨の日、私は海岸のとある宿屋にいた。そこの床板を苛立って眺めていると、さんざん洗い流されて深い溝のできたその床板から妄想が生れ、視覚につきまとって私を驚かせたのである。私はそのとき、この妄想のシンボリズムを検討することにきめて、自分の瞑想と幻覚の能力をたすけるために、数葉の紙片を偶然にまかせて床板の面にならべ、試みにその上から石墨で探ることによって、一連のデッサンを獲得した。1 エルンストはシュルレアリスムを代表する画家の一人です。シュルレアリスムは、詩人アンドレ・ブルトンが主導した20世紀最大の芸術運動です。1924年に彼が発表した『シュルレアリスム宣言』には、「シュルレアリスム、男性名詞。それを通じて人が、口述、記述、その他あらゆる方法を用い、思考の真の働きを表現しようとする、心の純粋な自動現象(オートマティスム)。理性によるどんな制約もうけず、美学上ないし道徳上のどんな先入主からもはなれた、思考の書き取り」2とあります。当初詩の運動としてスタートしたシュルレアリスムでしたが、まもなくして絵画による実践も試みられるようになります。フロッタージュもその一つで、エルンストはこの技法の発明によって「絵が次々と生れてくるのを、観者として見ることに成功した」3と述べ、オートマティスムとの対応を示しています。フロッタージュによる成果は、『博物誌』(1926)という34葉からなる作品集にまとめられ、そこには奇妙な魚や鳥、馬、人の眼(のような形象)の数々が収められています。《砂漠の花(砂漠のバラ)》は、この時期に描かれた作品です。縦長のキャンバスには、画面向かって左側に右手の人差し指を立てた女性像(らしき形象)、右側に崩れかかった壁、それらの背景に澄んだ空色が広がっています。細部に目を凝らすと、女性像の頭部や身体部分にはフロッタージュによるイメージが用いられており、その一方で、女性像の左胸に添えられた赤いコサージュ(作品のタイトルとも関係がありそうです)は写実的に描かれており、一枚の絵の中でさまざまな表現を試みていることが見て取れます。ブルトンの主著『シュルレアリスムと絵画』(1928)等4にも掲載されてきた本作。シュルレアリスムの絵画において重要な作例の一つであると言えるでしょう。 註 1 マックス・エルンスト『絵画の彼岸』巖谷國士訳、河出書房新社、1975年、15–17頁 2 アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言/溶ける魚』巖谷國士訳、學藝書林、1974年、50頁 3 エルンスト、前掲書、47頁 4 André Breton, Le Surréalisme et la Peinture, Gallimard, 1928, p. 38. 左記の他、以下の文献等に掲載。La Révolution Surréaliste, no. 6, 1926. 田邊信太郎「千九百二十年以降の繪畫傾向」『みづゑ』302号(1930年4月)。アンドレ・ブルトン『超現實主義と繪畫』瀧口修造訳、厚生閣書店、1930年。Cahiers d'Art (ed.), Max Ernst, Oeuvres de 1919 à 1936, Paris, 1937. 『現代の眼』639号
和田三造《南風》1907年、重要文化財 |キュレータートーク|所蔵品解説012
所蔵作品の新たな見方、楽しみ方をお伝えするオンラインキュレータートーク。今回は、和田三造《南風》(1907年、重要文化財)を取り上げます。 この作品は、日本初の官営展覧会「文部省美術展覧会」第一回展でグランプリ(二等賞)を受賞した作品です。作者である和田三造は、自身の難破体験をもとにこの絵を描いたと語りましたが、渡航先については大島説と八丈島説の2つの説がありました。主任研究員の桝田倫広が、当時の船の就航記録や本作に描かれている船の形態を元に、《南風》の謎を解き明かします。 企画:東京国立近代美術館 制作:株式会社コグワークス 協力:千葉県立中央博物館 https://youtu.be/-JyafVvUj-8?si=R6yJwb2vr2JCqzRi
鑑賞者と作品をつなぐもの—「ハイライト」の新しい試みを考察する
東京国立近代美術館はミッションとして「歴史を編み直す」「対話を生み出す」「創造を支える」「多様性を尊重する」「美術館の基準を示す」という5つの柱を掲げている1。なかでも「美術館の基準を示す」は、国立館特有の標榜と言えるだろう。これらのミッションを念頭におきながら、所蔵作品展「MOMATコレクション」に初めて教育普及担当者が企画段階から関わったという「ハイライト」の新しい試みを考察していきたい。 図1 会場風景|加山又造《千羽鶴》1970年、東京国立近代美術館蔵 本展では、作品それぞれに短い問いかけ文が設置されている。企画担当者が「問いかけは作品と鑑賞者をつなぐ役割を担って」いると述べているように2、展示室に入った鑑賞者が、自然と作品に意識を向けるような内容だ。いくつか、具体的な例を挙げてみよう。会場に入って最初に置かれた加山又造《千羽鶴》には「鶴を追いかける」という一文が示されていた。その手前には作品中の鶴を抜き出したような、木製の鶴のモチーフが置かれ、「鶴を手にとって、動かしてみませんか」という問いかけが添えられている。実際に鶴を手にとって動かしてみると、作品から抜け出した鶴が自分の手のひらにいるようで、なんだか微笑ましい。鶴を動かすという小さな(しかし静かな展示室では大きな)身体の動きは、人の感情の動きに作用し、鑑賞者の心理をさまざまに揺さぶる。筆者も、自然と手の中の鶴を作品の中に探しながら作品を見ていた。これは企画者の意図通り、作品と鑑賞者をつなぐ問いかけの好例であるといえよう。 図2 会場風景|アド・ラインハート《抽象絵画》1958年、東京国立近代美術館蔵|撮影:黑田菜月 また、アド・ラインハート《抽象絵画》に付された問いかけ文にも注目したい。同作は黒一色の画面に見えるが、「何かみえてきますか」「本当に・・・何も描かれていませんか」(傍点筆者)という問いが示されていた。「本当に」という、ある意味で鑑賞者を試すような言葉が、見ている人の足を止め、じっくりと作品に目を向けるように誘導する。作品をよく観察することから鑑賞が始まるという教育普及的な視点が、この「本当に」という一語に端的に示されていると言えるだろう。 他にも、作品の前に置かれた足跡のマークによって近くや遠くへ視点を変えるよう誘導したり、床に貼られた猫の足跡や、壁にある猫のシルエットによって、下から作品を見上げることを提案したりと、作品の多様な見方を促すさまざまな仕掛けが用意されていた。 図3 会場風景|原田直次郎《騎龍観音》1890年、東京国立近代美術館寄託(護国寺蔵)|撮影:黑田菜月 さて、展示室を一周し、筆者はふと「これはだれに向けての展示なのだろう」と立ち止まった。さまざまな問いかけ文は、親子連れに適した内容や、美術館に馴染みがない来館者を意識したものに感じられたが、他方、その問いかけに沿って鑑賞し、さらに作品について知りたいと目を向けた解説文は専門的で高尚な内容であり、そのギャップに少し戸惑ったからだ。 筆者は、展示室の解説文は鑑賞者と美術館をつなぐ重要なツールであると考えている。解説文は、常に作品の横にあり、鑑賞者がほぼ必ず目にするという点で、ホームページや図録など、別にアクセスが必要な情報とは役割が異なる3。その上で、全ての鑑賞者が目に留め、読むことを意識しているか、解説文の内容と伝え方に着目して読み解くと、そこに美術館の態度が見てとれることが多い。本展では、専門的な解説文が設置されていたが、例えば、問いかけ文と呼応した内容と文体の作品情報を設置してもよかったかもしれない。 「だれに向けた展示か」に話を戻すと、同館のミッションは「あらゆる人々が美術に触れ」る場を生み出すことであり、本展も同様の考えのもとに行われているという4。しかし、誤解を恐れずに言えば「あらゆる人々=だれもが」は、油断すると「だれでもない」無色透明なヒトになる危険性を孕んでいる。「あらゆる人々」とは具体的にだれなのか。多様な利用者に向けた活動を担う上で、どんな専門であっても、学芸員は常にその問いを考え続ける必要があるだろう。 本展のように、教育普及ならではの視点で企画された所蔵品展は全国でも珍しくはない5。しかし元来、作品を展示するという行為の先には、それを見る「鑑賞者」がいるものであり、本来的には展覧会そのものが教育的な要素を含むとも考えられよう。よって、本展のように教育普及担当者が関わる展覧会が継続されることはもちろん、「教育的」と謳わなくとも、さまざまな来館者を具体的に意識した展覧会を企画し、その実績を積み上げていく意味は大きい。その結果として「美術館の基準を示す」というミッションも果たされるのではないだろうか。今後の展覧会にも注目していきたい。 註 1 「私たちのミッション」東京国立近代美術館ホームページ 2 佐原しおり、藤田百合「鑑賞のきっかけをつくる—所蔵作品展の新しい試み—」『現代の眼』638号、2024年3月、46頁(2024年2月Web掲載) 3 﨑田明香「キャプションは利用者と作品をつなぐ:美術館リニューアルオープンにおける新しいキャプション製作の事例」『福岡市美術館研究紀要 第8号』福岡市美術館、2020年、37–38頁 4 前掲註1参照 5 筆者の所属する福岡市美術館では1990年より小学生と中学生を対象に「夏休みこども美術館」を開催。毎年、教育普及担当者が企画しテーマに沿って所蔵作品を紹介している。 『現代の眼』639号
ジェルメーヌ・リシエ《蟻》1953年
ジェルメーヌ・リシエ(1902–59)《蟻》ブロンズにパティナ99.0×88.0×66.0 cm令和4年度購入撮影:大谷一郎 矩形の台座の上に、女性の身体と蟻の身体が組み合わされた生き物が、両手を上方に伸ばして腰掛けているようにみえます。身体の構造としては、蟻のように胸部から6本の足が出ているのではなく、人間のように2本の腕と2本の足をもっています。しかし、その腕と足は細長く、先端には分岐した爪があり、蟻に近いようです。作家のジェルメーヌ・リシエ本人は、このように人間と動植物や昆虫を組み合わせた彫刻を「ハイブリッド(異種混合)」と呼びました。 厳密に言うと、この生き物は台座に座っているのではなく、台座から足の付け根へと伸びる細い棒が、その身体を支えています。背面に回ると、胸部と腹部がはっきりと分かれており、腹部には縞模様があって、ますます蟻の様相を呈しています。さらに頭部から突き出す小さなツノのようなものは、蟻の触角に見立てたものでしょうか。実はこのツノには、リシエの故郷近くの南仏カマルグで、騎乗の牧夫たちが伝統的に使用してきた三つ又の槍がそのまま用いられています。 ブロンズ像の姿形に加えて、この彫刻を特異なものにしているのは、両手の先と足先、右足の膝、台座の角をつなぐワイヤーの存在です。複数の三角形を形づくるように配置されたワイヤーは、蟻人間の身体のゴツゴツとした表面と対照を成しています。このワイヤーは高く掲げられた両腕を支えているようでもありますが、構造上必要なものというよりは、造形的な理由から用いられているようです。ワイヤーは像の周囲の空間を可視化し、その存在によって、この生き物の動きは、強調されているようにも、抑制されているようにもみえます。 1920年代後半のパリで、アントワーヌ・ブールデル(1861–1929)のもとブロンズ彫刻の基礎を学んだリシエは、第二次世界大戦の勃発によりチューリヒに留まった6年間あまりのあいだに、人間と動植物のハイブリッドな彫刻を手がけるようになります。その一方で、ロダンからブールデルへと至るフランスの彫刻の伝統とは相反するような、穴やひび割れ、凹凸のある造形による、よろめき、ふらつく人間の彫像を生み出しました。 彫刻家の土谷武(1926–2004)は、そんなリシエの作品が孕む不安定さについて次のように語っています。「リシエは運動や均衡の考え方でも明らかに現代的です。[…]不安定で一見倒れそうにみえても、次の動きを不安定のなかにはらむことによって、かろうじて均衡を保っているような形態は古典的な方法からは考えられません」1。こうした不安定さは、リシエと同時代の彫刻家アルベルト・ジャコメッティ(1901–66)の作品にはみられないものです。ジャコメッティの彫像は、細長くやはり表面に凹凸があるものの、直立ないしは確かな足取りで歩みを進めています。動きや姿勢の不安定さという視点で彫刻史を眺めてみると、リシエの先駆性は際立ってくるかもしれません。リシエの不安定なバランス感覚は、ワイヤーの中に宙吊りになったような《蟻》の、奇妙なポーズにも息づいています。 註 1 土谷武「豊かさを感じるとき—美しいものとの出会い」『土谷武作品集』美術出版社、1997年、171頁。 『現代の眼』638号
長谷川利行《大庭鉄太郎像》1937年
長谷川利行(1891–1940) 《大庭鉄太郎像》 1937年油彩・キャンバスボード26.9×21.6cm2021年度 小平省三氏寄贈 まず白色で明るい部分をおおまかにつかむ。次に暗部に紺色と緑色をのせる。続いて黒色の線で輪郭や目鼻を描いて図を確定させる。最後に再び白色、そして朱色と芥子色でハイライトを入れる……おおむねこのような順序で描かれたのでしょう。緑色は襟元に入るのみで、画面全体はほぼ白、紺、黒、朱、芥子の5色だけで描かれています。モデルは、当時朝日新聞社会部記者でのちに文筆で名を馳せる大庭鉄太郎(1910–79)。長谷川から直接この作品を手渡された大庭が制作時の回想を残しています。 やがて三人で、近くの喫茶店へいったが、話すのは天城[俊彦]と私だけで、利行は鉛筆で紙切れにしきりと絵を描いていた。画廊にもどってくると、天城はどこかへ出かけた。利行は天城がいなくなるのを待っていたかのように、急に元気づいて、「一枚、描きましょう」と、私を隣りの部屋へ連れていった。そして三号の似顔を描いてくれたが、十五分ぐらいしかかからなかったろう。ところどころは、筆代りにチューブを押し出しながら描いた。むろん、原色のままである。1 A4サイズ程度の小さな作品であるとはいえ、15分というスピードは驚異的です。このときは、長谷川の作品販売を管理していた画商の天城がいない隙を見計らって急ぐ必要があったようですが、長谷川の速筆は有名でした。塗るというよりは書く(掻く)ように線で描いていく長谷川のスタイルは、高速の制作と一揃いの関係にありました。絵具が乾かないうちに筆を入れていくので、色を重ねた部分はおのずと下層の絵具をからめとります。長谷川の作品全体に共通する特徴的な白色の多用は、絵具が混ざることで画面が暗く重たくなってしまうことを避けたからではないでしょうか。白を拾った別の色は淡く変化し、暴力的なほどの筆致の勢いの一方で、印象はあくまでフレッシュです。画面であると同時にパレットでもある作品であるがゆえに、画家の手さばきと速度、そして手順までがありありとわかります。美術批評家の沢山遼は次のように評しています。「長谷川の絵画を特徴付けるのは、線の散布が生起させるその非気密性である[中略]長谷川の描く都市は、関東大震災後のカタストロフを経て再び蜃気楼のように立ち上がった揺れ動く東京に、ひとつの真実性を与えるものであったにちがいない」2。すなわち、線的な筆触の網で出来上がった隙間だらけの画面は、同じように隙間だらけだった震災後のバラックや、東京という都市と一体のものであった、と。画面の構造と主題の合致。都市を放浪し、奔放な生活で知られた無頼の画家・長谷川利行は描き方もまた奔放であった——このような評言はほとんど定番化していますが、「描き方」でなく作品そのものが奔放であり無頼であるとはどういうことかを、考えさせてくれる作品です。 註 1 大庭鉄太郎「利行の新宿時代」『長谷川利行未発表作品集』(東広企画、1978年)、81頁。[ ]内は引用者註。2 沢山遼「長谷川利行展「七色の東京」 筆触網と非気密性」『美術手帖 ウェブ版』2018年6月5日号https://bijutsutecho.com/magazine/review/16256 『現代の眼』639号
小村雪岱《邦枝完二著「江戸役者」挿絵》1932年
小村雪岱(1887–1940)《邦枝完二著「江戸役者」挿絵》1932年墨・紙(70図) 彩色・紙(見返し2図) 画帖各15.0×23.4cm 見返し各19.6×54.7cm令和5年度購入 1932(昭和7)年9月20日から12月28日まで、『東京日日新聞』と『大阪毎日新聞』の夕刊に全70回にわたって連載された邦枝完二「江戸役者」には、小村雪岱による挿絵がつけられました。その挿絵の原画が2022(令和4)年に発見され、このたび当館のコレクションに加わりました。原画は連載のために描かれた70図すべてが揃い、画帖(折帖ともいいます)の見開きに2点ずつ、表に計36点、裏に計34点が貼り込まれた形で世に現れました。画帖の題箋には雪岱自身による筆で「江戸役者」とあり、画帖裏の末尾にはこれも雪岱自筆で「大阪毎日新聞/東京日日新聞/掲載邦枝完二/作江戸役者/挿画/小村雪岱(印)」と記されています。となれば、表の前見返しと裏の後ろ見返しに色付きで描かれた桜の絵も雪岱によるものと考えてよいでしょう。見返しに桜を描いたのは、「江戸役者」の終盤の舞台となった春の隅田川の情景にちなんでのことと思われます。ところで、小説家・邦枝完二と、挿絵画家・小村雪岱のコンビといえば「おせん」がよく知られています。「江戸役者」からおよそ一年後、『東京朝日新聞』と『大阪朝日新聞』の夕刊に連載された「おせん」は、肥痩のないシャープな描線、白黒のコントラストが明快な画面処理、俯瞰の構図等による、いわゆる「雪岱調」で人気を博しました。ところが、それより一年も前に描かれたこの「江戸役者」を見ると、とりわけ原画ではシャープな線の清々しさが一層際立っていて、多くの人々の心をとらえた「雪岱調」はすでにこの時点で仕上がっていたことが納得されます。「江戸役者」の挿絵に雪岱を指名したという邦枝も、挿絵の出来を高く評価していました。 「江戸役者」は拙作中でもいまだに好きな物の一つであるが、この時の雪岱さんの挿繪が實に好かつた。世間では朝日新聞に載せた「おせん」の挿繪を第一位に置いてゐるが、どちらかといへば、作者自身の好みからいつて、「江戸役者」の方が勝れてゐたと思ふ」(註1)。 とはいえ、「おせん」に比べ知名度は今ひとつな「江戸役者」。雪岱の研究者である真田幸治氏が指摘するように、全挿絵を再録した『絵入草紙おせん』(新小説社、1934年)等の刊行物に恵まれた「おせん」に対し、読み捨ての新聞にしか挿絵が載らなかった「江戸役者」は埋もれてしまった(註2)ということなのでしょう。こうして原画が出てきた今、がぜん「江戸役者」に注目が集まることになると期待しています。 註 1 邦枝完二「雪岱さん」『双竹亭随筆』(興亜書院、1943年)p.1512 真田幸治「解説 小村幸岱と邦枝完二の『江戸役者』」『江戸役者 東京日日新聞夕刊連載版』(幻戯書房、2023年)p.231 『現代の眼』639号
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令和6年能登半島地震への募金のお礼とご報告
令和6年能登半島地震による被災者の皆さまには心よりお見舞い申し上げます。 東京国立近代美術館では、大規模災害で被災した博物館や文化財等の救援・修復に活用させていただきたく、館内に募金箱を設置いたしておりました。 令和6年1月23日から12月22日までにお預かりしました95,946円の募金は、公益財団法人日本博物館協会に寄付させていただきましたので、ご報告いたします。 多くの皆さまのご協力に心より感謝申し上げます。
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教材
アートカード貸出 鑑賞教材「国立美術館アートカード・セット」貸出についてはこちら MOMATコレクション こどもセルフガイド 鑑賞教材「MOMATコレクション こどもセルフガイド」についてはこちら MOM@T Home こどもセルフガイド デジタル鑑賞教材「MOM@T Home こどもセルフガイド」についてはこちら 鑑賞素材BOX 主に小学校から高等学校までの授業で活用されることを想定した、デジタル鑑賞教材です。国立美術館所蔵の名作を、高精細画像で電子黒板へ投影したり、タブレット端末へ配信したり、ワークシートを作成することができます。 授業準備にあたっては、「図工・美術のキーワード」や「他教科へのひろがりキーワード」を使って作品を選ぶことができます。
