コレクション紹介

コレクション紹介


 東京国立近代美術館本館では1900年頃から今日まで、約100年間の日本と海外の美術作品を収集しています。現在、日本画、洋画、版画、水彩・素描、彫刻(立体造形)、写真、映像などの多分野にわたって13,000点を超える作品を収蔵しています。近年は、日本の美術に大きな影響を与えた主要な海外作家の作品収集にも力を入れています。

新しいコレクション

こちらでは、近年収蔵された新しいコレクションをご紹介していきます。

(※画像をクリックすると大きい画像をご覧いただけます。)

速水御舟《寒牡丹写生図巻》1926年 Hayami Gyoshu, Scroll of Sketches (Winter Peonies), 1926

速水御舟(1894–1935)
《寒牡丹写生図巻》(部分)
1926(大正15)年
鉛筆、淡彩・紙 画巻
31.4×377.4cm(表具を入れると33.3×496.4cm)
令和元年度購入

 長く当館に寄託されていた作品を収蔵することができました。速水御舟が1926(大正15)年に描いたスケッチを、画巻に仕立てた《寒牡丹写生図巻》(以下、近美本)です。制作年がわかるのは、巻頭に御舟の自筆で「牡丹 大正十五年二月寫」と制作年月が書き込まれているから。全長は377.4cmで、長さがまちまちな紙を4枚継いでこの長さになっています。
 ところで、御舟の牡丹の写生画巻はもう1点あることが知られています。山種美術館が所蔵する《牡丹(写生画巻)》(全長309.5cm)です。こちらには年記はありませんが、細く削った鉛筆で精密にかたちをとり、ピンク色(おそらく臙脂えんじを使っていると思われます)をぼかした彩色の手法が共通することから、近美本と同じ時期に描かれた一連のスケッチであるとみなされています。
 さらにもう1点、本作と関連する作品に、遠山記念館が所蔵する《牡丹》(絹本彩色、1926年)があります。同じ年の9月に描かれたこの作品には、どうやら近美本の右から8番目の牡丹のかたちがそのまま採用されたと言えそうです。この《牡丹》ですが、みなさんにはぜひ実物を、できれば単眼鏡を使って見てほしい。見ると、花びらの縁に塗られた胡粉(白い絵具)が、ホットミルクの表面に張った膜のように薄くて均質だったり、その上から白やピンク色のきわめて細い線で花びらを覆うように脈が引かれていたり、そんな極上の絵肌にウットリすること請け合いです。
 さて、本画があるからには、写生はそのための準備とみなすこともできるでしょう。実際に御舟は近美本でいくつかの表現方法を試していて、それらは本画に採用された表現と、採用されなかった表現とに分けることができます。採用された表現のひとつが、輪郭からはみ出すように暈した色の塗り方です。輪郭線を越えて周囲を染めたピンク色は、あたかも花から発せられる芳香のようにも感じられるでしょう。この効果を御舟が見逃すはずはなかったというわけです。御舟は本画で、近美本に比べると控えめながら、花の周囲にピンク色を、そして葉の周囲にも緑色を、淡く暈すことになりました。
 では採用されなかった表現にはどんなものがあったか。それはたとえば、輪郭線を強調したり、鉛筆で陰をつけたりといった、右から4番目から7番目の花で試されているような表現です。もしや、写生の段階では、輪郭線を墨で描き起こすような表現や、水墨淡彩風に陰をつけた表現も、御舟の選択肢にあったのか? などと想像することもできるこの写生図には、完成された本画を見るのとはまた違った見応えがあるのです。

(美術課主任研究員 鶴見香織/『現代の眼』635号)

 

杉戸洋《the secret tower》1998年 Sugito, Hiroshi, the secret tower , 1998

杉戸洋(1970–)
《the secret tower》
1998年
アクリリック、顔料・紙
176.0×230.0cm
平成30年度購入

 緑色の草原に立つ一本の樹。太い幹の上方から枝が分かれて出ているという樹形から思い出されるのはバオバブでしょう。この推測が正しいかどうか確認しようとタイトルを見れば、そこには「the secret tower」とあるだけ。日本語表記でもなぜか英語で書かれていて、しかも、主流のルールでは本来「The Secret Tower」と表記すべきところそうなってはいない。作者の杉戸洋はその理由についてこう語っています。

 「タイトルを小文字にしている訳は(若い頃の変な屁理屈で)文章の途中をもぎ取っている感覚とタイトルをあまり強調したくないというところです。この頃の絵はなんとなくカーテンをつけたりと並べ順を変えても紙芝居的に内容が繋がったり変わったりするような制作でした。」(2020年9月2日 杉戸洋から筆者宛のEメール)

 「secret」を日本語に訳せば「秘密の/機密の/隠れた」など結構多義的です。「tower」は「塔」でしょう。確かに樹幹の上の方には窓が小さく描かれています。つまり、この樹には内部空間があり、そこには(おそらく)人がいる。そして、この樹=塔は相当大きい。

 そんな樹=塔に対して、小さな戦闘機が向かっています。攻撃をしようとしているのでしょうが、大きさから判断するに致命的なダメージを樹=塔に与えるのは難しいのは明かです。無謀なことはわかっているけれども、しかしやらなければならない攻撃……相手は、世界の果てにも見える草原の中で、知らず知らずのうちに巨大に育ってしまった樹=塔。

 ここまできたとき、再びバオバブのことが思い出されます。主にサバンナ地帯に育つその樹の名前がここ日本でも知られているのは、『星の王子さま』に登場するからです。小さな星をその根で覆ってしまった三本のバオバブの樹。バオバブは、芽が出てきたことに気づいたらすぐに(見えない)根ごとひっこぬかないと、やがて大地を覆い尽くしてしまうのです。サン=テグジュペリの物語の中で、それは繁殖力の強い悪の象徴として登場していました。

 杉戸曰く、この絵を描いた当時バオバブのことは知っていて、しかもアフリカのバオバブは離れたところにあるバオバブと「交信」しているという話を読んだことがあったとも言っていました(2020年9月30日 杉戸洋と筆者との電話)。

 ただ、大事なのは、ここに描かれている樹がバオバブかどうかを確認することではありません(無粋なのでそこは確認しませんでした)。そうではなく、クリントン政権期の「砂漠の狐作戦」が行われた年に描かれたこの絵が、「今ここ」の文脈において見たときにまた別の解釈を促してくれることであり、それこそがアートの力だと再確認することです。

       (美術課主任研究員 保坂健二朗/現代の眼635号)

浅見貴子《梅に楓図》2009年 Azami Takako, Plum and Maple Trees, 2009

浅見貴子(1964-)
《梅に楓図》
2009年
墨、顔料、紙
高さ265.0、幅200.0
平成30年度購入

 浅見貴子の《梅に楓図》は、平成30(2018)年度の新収蔵作品です。浅見は2018年「第7回東山魁夷記念 日経日本画大賞展」で大賞を受賞するなど、新しい日本画の可能性を切り拓いた画家として注目されてきました。

 多摩美術大学在学中ににじみ止めのドーサ引きで失敗した1988年の経験を機に、様々な試行の末、1990年代末に紙の裏側から描き、点々が効いた画風にたどりついた浅見。墨は普通に表側から重ねると鈍い墨色になるのに対し、裏から描くと重なった部分からおもてに新鮮な墨色だけが出るので、活き活きとした印象になると作家はいいます。裏から描くと最初に描いたところが表面に真っ先ににじみ出てくるため、近距離の印象の強いものから先に描くことになります。筆をスライドしつつ止めて墨をおもてに染み出させて打たれた点描に、複雑に筆線が交差して折り重なり、空気や光や葉のざわめきなども含みながら、空間の拡がりや積層的な奥行きを感じさせるその画面は、直接的な樹木の再現をはるかに超えつつも、写生時の印象もはらみ続けています。描き直しも効かず、墨の濃淡やにじみを巧みにコントロールする力量も必要ですが、作家本人ですら、完全におもてにどう現れるかは予測できないといい、逆にそうした偶然性や意外性が生む大胆な表現の展開も作品の魅力になっています。

 《梅に楓図》は1年間のアメリカ留学から帰国後、天井高と奥行きのあるアトリエに戻り、縦構図が描きたくなった浅見が、自宅の庭の梅の老木と新芽の出始めたばかりの低い楓の木を描いた作品。陽光を浴びながら、梅の木と手前の楓の枝が複雑に交差し合い、光が錯綜するさまが描かれ、横方向に筆をスライドさせながら打った白く丸い点々が特徴的な作品です。作家の光や白への意識も強く感じられるこの作品の技法面について、作家はこう説明しています。「白抜き部分は墨点や墨の黒い枝と同じく裏側から、樹脂膠で溶いた胡粉とアクリル系のドーサ液を混ぜたモノで描いています。ドーサ液だけでも良いのですが、ドーサだけだと乾くと透明になってしまうので、少し胡粉を入れています。作品を描き終えると(地の部分と白抜きの線の差が無くなるようにするためと、墨色がよりはっきりするように思うので)画面の裏側全体に胡粉を塗っています」。

 点と筆線の絡み合いの粗密が生動感を生み、内に凝縮する力と外へと拡散する力をあわせもつ、《梅に楓図》のエネルギッシュな画面は、空気や光や枝のざわめきを活き活きと表現し、まさに水墨画の新しい可能性を感じさせるにふさわしい作品といえましょう。

(美術課主任研究員 都築千重子/『現代の眼』635号)

アンソニー・カロ《ラップ》1969年 Anthony Caro, Lap, 1969

アンソニー・カロ(1924–2013)
《ラップ》
1969年
スティール、彩色
高さ109.0、幅244.0、奥行108.0cm
平成30年度購入
© Barford Sculptures Ltd.
撮影:大谷一郎

 まず作品の構成要素を挙げてみます。スティールのパーツが五つ、溶接によって組み合わされています。板状のスティールを湾曲させたものが三つ、まっすぐのL字鋼、弧状に曲げられた溝形鋼です。すべて黄味がかった茶色に塗装されています。このように日常的、非芸術的な素材を「組み合わせ」て制作されたものは構成彫刻と呼ばれ、キュビスムや構成主義など二〇世紀初頭に始まります。アンソニー・カロの作品において、鉄板や鉄骨といった要素の集合は、彫像や塑像のように閉じた量塊を作ることはありません。複数の要素を配置し、それらを関係づけることで、無限定な現実空間から区別される「空間のフォルム」を生み出します。この特徴は「関係性」や「分節化」という語で批評されてきたもので、批評家マイケル・フリードは「カロの芸術において見るべきものは、すべてそのシンタックス(構文)の中にある」と述べています(MichaelFried “Introduction to Caro,” in AnthonyCaro, exh. cat.,Hayward Gallery, London,1969, p. 1 0)。

 では、ここで五つの要素をひとつの形として成立させているのは何でしょう。それは台座、カロの言葉で言えば「テーブル」です。カロは一九六六年に始まる、台の上に置かれた彫刻を「テーブル・ピース」と呼びました。彩色によってスティールの物質感は弱まり、さらに地面から物理的に離れることで、とても軽やかな印象が生まれています。また台に絡みつきながら縁をはみ出し、ぶら下がるような形態をとっています。「テーブルに腰掛ける彫刻」というカロの形容がぴたりと当てはまりますし、題名の「ラップ(lap)」に含まれる「ひざ(椅子に腰掛けた時の、腰から膝頭まで)」や「(衣服の)垂れ下がった部分」といった意味も呼び起こさせます。テーブル・ピースで重要なのは、テーブルの「水平面(の高さ)」と「縁」であるとカロは言います(『アンソニー・カロ展』カサハラ画廊、一九七九年、四頁)。この作品でも溝形鋼はテーブルの縁に引っかかり、天板の水平線とL字鋼の左下がりの直線とが呼応するなど、水平面と縁が重要な働きをしています。

 通常、台は彫刻の完成を待って後から用意されることがほとんどでしょう。台の上に置くことで、彫刻は外界から分離され、自立します。対してカロの作品では、まずテーブル(台)が存在し、彫刻はその周囲に、遅れて姿を現します。このようにしてカロは、彫刻を外界から分かつ制度・慣習としての台座でなく、作品成立のために不可欠な構造としてあるテーブルという、新たな方法・表現を生み出しました。

 (美術課主任研究員 三輪健仁 /『現代の眼』633号) 

横山大観《白衣観音》1908年 Yokoyama Taikan,Kannon in White, 1908

横山大観(1868-1958)
《百衣観音》
1908年
献本彩色・軸装
140.3x113.0cm
平成30年度購入

 昨年開催した「生誕一五〇年 横山大観展」において新出作品として紹介した《白衣観音》がコレクションに加わりました。一九一二年に刊行された『大観画集』に掲載されて以降、所在不明だった作品です。一緒に伝わった軸箱の蓋裏にはいつ書かれたものか、「明治四十一年春日 大観自題」とあります。
 一九〇八年という制作年は作風に照らして妥当と考えられます。大観はこれより五年遡る一九〇三年に、盟友の菱田春草とともにインドに渡りました。滞在は半年に満たなかったのですが、それからというもの、大観は数年にわたって仏教画題の作品に「インド風」を盛り込んでいます。サリーのような衣裳にきらびやかな宝飾品や、弓なりの長い眉に大きく切れ長で二重まぶたの眼、鼻筋がとおって小鼻が張った鼻といった相貌などです。異国風な顔かたちに対するこだわりは、一九〇九年の《流燈》(茨城県近代美術館蔵)の時点ですでに薄れていますが、まだそれが色濃く残る《白衣観音》が《流燈》より一年半早いというのは辻褄が合います。
 疑念があるとしたら、この年にこんな大作を、一体誰が注文したのかという点です。日本美術院の移転に従って茨城県の五いづ浦らに移住してから一年余り、この春に大観はまだ同地に住んでいました。五浦の大観のもとに絵を買いに来る画商はほとんどいなかった。そう回想していたのは大観その人だったはずですが……。
 ここで注目したいのは、前述の『大観画集』に所有者として名前が載る森本六兵衛です。この人物は神戸で醸造業の傍ら倉庫業を営み、やがて仏教に帰依して家業を二代目に譲りました。別名は瑞明。大谷探検隊で知られる大谷光瑞こうずいから一字をもらったと言い、大正から昭和にかけて光瑞や大谷尊由そんゆの周辺でチラチラと名前が登場します。
 大観がインドに渡った理由のひとつは、日本美術の源流としてのインドで何かを掴み、仏教をテーマとする作品に新風を吹き込もうという野心だったことでしょう。同じ時期に仏教の源流を求めてインドに渡った大谷光瑞その人に心酔した森本瑞明。この人物なら、サリーを着た観音を大観に直接依頼しそうな気もしますが、現時点では未だ確実とは言えません。
 なお、記録に残る大観と瑞明の接点としては、一九一一年秋に京都市立絵画専門学校に進んだばかりの村上華岳を大観に紹介したこと、一九二五年から一九五七年までの大観への作画依頼を記録した「依頼画控」(横山大観記念館蔵)に、瑞明からの依頼が一件だけ記録されていることが挙げられます。興味は尽きません。

      (美術課主任研究員 鶴見香織/『現代の眼』632号) 

デイヴィッド・スミス 《サークル IV 》1962年 Smith, David, Circle IV, 1962

デイヴィッド・スミス(1906–1965)
《サークル IV》
1962年
鉄・彩色
高さ215.9、幅152.5、奥行107.0cm
平成29年度購入
撮影:大谷一郎

 彫刻家デイヴィッド・スミスが一九六二│ 六三年に全部で五点制作した「サークル」シリーズのひとつを、昨年度収蔵いたしました。
 スミスはアメリカ合衆国インディアナ州生まれ。いくつかの大学に通う傍ら自動車工場の生産ラインで短期労働をした経験を持ちます。一九二六年にはニューヨークに移り住みアート・スチューデンツ・リーグで学んでいます。鉄やステンレスを素材としつつ構築性や開放性を特徴とする彼の作品は、二〇世紀の彫刻を考える上で外すことのできないものとされています。
 スミスはシリーズで制作することでも知られているアーティストです(一方で、いわゆる鋳造をしないこともあったりして、彼の作品にはいわゆるエディションという概念は存在しません)。その中でもっともよく知られているのは、磨かれたステンレスを素材とする「キュービ(Cubi)」(一九六一│ 六五)でしょう。直方体や立方体や円柱を構成要素とするそのシリーズは、純粋性や抽象性を志向するモダニズムの擁護者たち=理論家たちから絶賛されました。
 そうした観点からすれば「サークル」は特異点となりますが、実際はそう単純ではありません。六〇年代のスミスには塗装した鉄板で構成された「ジグ(Zig)」というシリーズもあります(色彩はフラットで、往々にして単色です)。つまりスミス本人にとって色彩や平面を彫刻に取り入れることは、継続して重要な課題であったはずなのです。
 「サークル」のシリーズの特徴は、平面形の中でも完結的な形体である円を取り入れていること、そして複数の色彩をひとつの作品の中で用いていることにあるでしょう。中でも本作は、筆触が際立っている点、円形の内側に開口部がない点(I、II、III、Vには、大きさの違いはあれど円形の内側に円形の穴が開けられています)、多方向性が導入され動きをコントロールしようとしているのが明らかである点において、シリーズの中でも傑出しています。
 実は本作は、シリーズの中で最初期に制作されたと考えられています。スミスはシリーズにおけるナンバーを実際に制作された順序とは関係なく割り当てることがあり、本シリーズもその例に漏れないというわけです。ちなみにI、II、IIIは現在ワシントン・ナショナル・ギャラリーが、VはJPMorgan Chase Art Collection が所蔵しています。本作はスミス本人の手元に置かれていた後、エステートの所蔵となっていましたが、アジアの美術館ではスミスの実作を見る機会がほとんどないという点などに鑑みて、今回、当館が購入できることになった次第です。

      (美術課主任研究員 保坂健二朗/『現代の眼』629号)

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オンライン・コンテンツ

こちらでは、オンライン上でご覧になれるコレクションをご紹介します。

 

田中功起《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る(沈黙による試み)》「手話とバリアフリー字幕版」(2021年)オンライン無料公開のお知らせ

 

  このたび、東京国立近代美術館では、幅広い鑑賞の機会をつくるため、所蔵作品である田中功起《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る(沈黙による試み)》(2013年)の「手話とバリアフリー字幕版」(2021年/HDヴィデオ/カラー/サウンド/80分)を制作しました。この映像をオンラインにて無料公開いたします。

「美術館で映像作品を楽しみたい。」

 このプロジェクトは、一人のろう者の言葉から始まりました。近年、映画をBDあるいはDVDで鑑賞する際には字幕を選択できる場合があります。また映画館では、ろう者・難聴者・中途失聴者などのアクセシビリティを拡充する目的で、バリアフリー字幕をつけて鑑賞できる場合があります。しかし、美術館などで展示される映像作品に、バリアフリー字幕や手話による映像が付帯する例はたいへん少ない状況にあります。現状、ろう者・難聴者にとって、美術館で映像作品を鑑賞することは高いハードルがあるのです。

  2018年6月13日「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律(平成30年法律第47号)」が公布、施行されました。この法律では、「障害者が必要な支援を受けて文化芸術を鑑賞する機会を拡充する必要性」がうたわれています。これに基づき、当館は国立の美術館として、アーティストの田中功起氏の全面的な協力のもと、所蔵作品である《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る(沈黙による試み)》(2013年)の「手話とバリアフリー字幕版」及び「手話についての解説動画」(2021年/HDヴィデオ/カラー/サウンド/本編75分・解説5分、合計80分)を制作しました。

 今回、手話とバリアフリー字幕をつける映像作品として選んだ田中氏の作品は、第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2013年)で特別表彰を得た日本館での展示「抽象的に話すこと-不確かなものの共有とコレクティブ・アクト」の出品作の一つであり、国際的に評価の高い作品です。それぞれの出自や境遇、考え方の異なる5人の中国の陶芸家たちが、一つの陶器を協働で制作するプロセスを記録したドキュメンタリー作品であり、カメラを通して見えてくる世界は、まるで社会で暮らす我々の日常を抽象化しているかのようです。

 5人の陶芸家のうち男性3人を野﨑誠のざき まこと氏(手話ナビゲーター)、女性2人を佐沢静枝さざわしずえ氏(手話ナビゲーター)が演じます。手話の監修は、木下知威きのした ともたけ氏(手話マップ)が担いました。監督は、田中功起たなかこおき氏です。

 また、2020年は、コロナウィルス感染症がひろがりにより、多くのアーティストが展示の機会を奪われました。本プロジェクトはこのコロナ禍での作家支援も兼ねています。

 アート作品としての映像に、バリアフリー字幕のみならず手話をつけるという本プロジェクトは、世界的にみても数少ない取り組みです。ろう者・難聴者・中途失聴者の皆さんのみならず、手話やバリアフリー字幕にご関心のある方にも、是非ご覧いただきたいと考えています。今回の取り組みが、今後、インクルーシブな(誰も排除されない)芸術鑑賞の機会が増えていくための一助となることを願っています。

公開期間は2021年3月31日~2022年3月31日まで。無料で、1年間の期間限定的な公開となります。

また、所蔵作品展「MOMATコレクション」での展示は2021年10月5日~2月13日の会期を予定しております。

 

東京国立近代美術館

2021年3月吉日

 

MOMATキュレーター・トーク 所蔵品解説動画

研究員による所蔵作品解説動画をご紹介します。所蔵作品の魅力を、研究員が分かりやすく短い動画で解説しております。

プレイリストはこちら

また、ろう者や難聴者の方、日本語初学者にもご覧いただけるように、キュレータートークの【日本語字幕版】も公開しています。
【日本語字幕版】プレイリストはこちら

植田正治《パパとママと子供たち》1949年

(解説:増田玲)

アンリ・ルソー《第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神》1905-06年

(解説:都築千重子)

萬 鉄五郎《もたれて立つ人》1917年

(解説:三輪健仁)

速水御舟《白葡萄と茶碗》1920年

(解説:鶴見香織)

荻原守衛《女》1910年

(解説:古舘遼)

「北脇昇 一粒の種に宇宙を視る」展

(解説:大谷省吾)