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現代の眼 シリーズ MOMATコレクション 開館70周年特集——「偉大なるマンネリズム」へ向けて
戻る本稿は、開館70周年特集——対談「持続と更新—開館60周年リニューアルから10年」1を受けて書かれたものです。事前でも事後でも、ぜひ対談をお読みください。
それと、少しずつ変化をつけないといけない。前よりも良くなってないといけない。寅さんの場合はファンがいたから、ファンといつも力くらべみたいなところがあって。なんだこんなの前より落ちるぞと言われたらいけない。前より良くなったと常に言われ続けないといけない。しかも基本的にテイストは同じでないといけない。そういうことはとても大変なことなんだけど、それはつくり手にしか分からない。マンネリズムという批評を聞くとそんなふうに悔しい思いをしながら、お前たちにはわからないなんて一生懸命思ったものですよ。2
「小さなテーマが立てられた全12室のつながりによって、19世紀末から今日に至る日本の近現代美術の流れをたどることができる国内随一の展示」3。当館ホームページの「所蔵作品展 MOMATコレクション」を紹介するページの一節である。「日本の近現代美術の流れをたどる」は、開館初年の1952年度は23点だった所蔵作品が3,671点に増え、2,200㎡の所蔵品ギャラリーを備えた新館を竹橋にオープンさせた1969年から、2,900㎡への増改築(2002年)を経て連綿と続く、当館所蔵作品展の最大の売りである。そして前半部「小さなテーマが立てられた全12室のつながり」が、2012年の所蔵品ギャラリーのリニューアルによって付け加わった新たな特徴である[図1]。
2023年現在、所蔵作品は2012年から1,500点ほど増え14,000点に届こうとしている。2012年のリニューアル時のコンセプトや構成を基本に企画してきたこの10年で、より顕在化してきたのは「流れをたどる」ための展示スペースの不足である。展示の始まりは1907年(第1回文展の年)から1890年前後へと約20年拡がり、展示の結びは2012年→2023年と11年延びた。このスペース不足のひずみがあらわれるのはとりわけ展示終盤だ。おおまかには1980~2020年代まで40年超の流れを紹介するスペースが圧倒的に不足している。ある会期では1980年代まで、また別の会期では80~90年代を飛ばして2000年代以降の美術を紹介というように、なんとか各時代の表現の豊かさと厚みを紹介しつつ、所蔵作品展を締めくくるための試行錯誤が続いている[図2][図3]。流れが寸断されたり、ある部分が欠落したりすることを自覚しつつ、特に今現在からそう離れていない時代それぞれを丁寧に整理して紹介することは、将来、その時代の歴史を十全に描き出す上では欠かせない営みであり、そのための調査、研究、収集、展示、保管は継続しなければならない。それはより広大な展示面積を備えた新しい建物ができる時までかもしれないし、当館が扱う時代範囲、つまり近代をたとえば2000年で閉じる決断をするような時までかもしれない(あるいはスペース不足を逆手にとるようなラディカルな解決策が生まれる時が来るのかもしれないが)。
もう一つ触れておくべき10年間での変化は、「小さなテーマが立てられた全12室のつながり」をめぐるものだ。小さな部屋割はバラエティに富んだ多様な切り口を可能にし、たしかに強者による正史という単線的流れとは別の歴史を描き出すポテンシャルを有する。しかし一方で、各々独立した部屋の並びは、時に部屋同士の接続が見えづらく、流れを感じることが難しくなりもした。小さなテーマのシークエンスは、ただ単に隣り合わせるだけでは時代の流れを示すことへと直結はしない。主流と思われるものを分岐、複数化し、小さな物語をいくつも示すことは比較的容易である。逆に複数化したものの連なりの中に流れを捉えることはいかにして可能となるだろうか。これもまたこの10年で様々に試行錯誤してきたことである。小さく区切られた部屋の連なりという形式を、もっと使い倒さねばならない。隣り合う部屋同士のつなぎ目を何によって、どのように確保するのか。おそらくつなぎは、全12部屋を貫くような俯瞰的で統一的なものではなく、隣り合う部屋と部屋ごとに都度、異なるつなぎ目を作り出していくような方法があり得るのではないかと考えている。
また専門性や技能の面で人材が多様化し、各部屋の企画内容がより一層多彩になったことを、ここ最近の良き変化として記しておきたい。たとえば工芸館研究員の参画(「1950s–1960s 「土」のなかに「日本」はあった?/掘り起こしたあとに、何が建ったか」[2019年]4[図4]や「純粋美術と宣伝美術」[2021年]5[図5]など)、アートライブラリや美術資料の管理を専門とする研究員による企画(「プレイバック「抽象と幻想」展(1953–54)」[2022年]6[図6])、さらに同時代的な課題により鋭敏に反応する若い世代が加わり始めたことも大きい。このような企画側の多様化の一方で、今後より踏み込んで取り組むべき課題としては、受け手の多様性への対応が挙げられる。2012年の「ハイライト」コーナー[図7]の設置や2016年に始まった解説の多言語化などはこの一環だろう。しかし、たとえば解説の文章の書きぶりや絵を掛ける高さなどに端的にあらわれているように、現在の所蔵作品展は一定の美術リテラシーを有する大人をスタンダードな受け手として想定している。12部屋もあるのに、10歳の子どもを基準にした部屋が一つもないのはなぜだろう。年齢、性別、人種、経験、趣味嗜好など、多様な来館者それぞれに魅力的な経験を提供するために、考え得る方策はまだある。
変わらないことと新しいことを同時に期待される、企画する側にとってなかなかに難易度の高い場が当館の所蔵作品展である。ドラスティックな変化や刷新ではなく、日々、繊細な調整を隅々まで怠らずに「偉大なるマンネリズム」を追求すること。美術館をとりまく現状は厳しく、これまで以上に新しいこと、インパクトのあることが求められる現状において、この言い草は反動的に聞こえるかもしれないが、これからの10年でさらに試行錯誤する価値があるのではないかと考えている。
註
- https://www.momat.go.jp/magazine/165
- 山田洋次「山田監督、どうして今寅さんは帰ってきたんですか。〈ほぼ全文掲載スペシャル〉」『電通報』2019年12月20日https://dentsu-ho.com/articles/7056[最終閲覧:2023年7月25日]
- https://www.momat.go.jp/exhibitions/r5-1https://www.momat.go.jp/exhibitions/r5-1
- 「所蔵作品展 MOMATコレクション」内で開催された小特集。企画は花井久穂(当時、工芸課主任研究員。現・企画課主任研究員)。https://www.momat.go.jp/exhibitions/h31-1
- 「所蔵作品展 MOMATコレクション」内で開催された小特集。企画は野見山桜(当時、工芸課客員研究員)。https://www.momat.go.jp/exhibitions/r2-2
- 「所蔵作品展 MOMATコレクション」内で開催された小特集。企画は長名大地(企画課主任研究員)。https://www.momat.go.jp/exhibitions/r3-2
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